第一条 「人物」の条件
心に油断なく軽挙をつつしみ、威厳を身につけよ
重職と申すは、家國の大事を取計べき職にして、此重の字を取失ひ、軽々しきはあしく候。
大事に油断ありては、其職を得ずと申すべく候。
先づ挙動言語より厚重にいたし、威厳を養ふべし。
重職は君に代るべき大臣なれば、大臣重ふして百事挙るべく、物を鎮定する所ありて、人心をしづむべし。
斯の如くにして重職の名に叶ふべし。
また小事に区々たれば、大事に手抜あるもの、瑣末を省く時は、自然と大事抜目あるべからず。
斯の如くにして大臣の名に叶ふべし。
凡そ政事名を正すより始まる。
今先づ重職大臣の名を正すを本始となすのみ。
口語訳
重職とは、国(会社)の重要な事を処理する役職であって、この「重」の字の意味を忘れて軽々しく判断・行動してはならない。
大事に臨んで心に油断があるようでは、この重職を務めることはできない。
まず立ち居振る舞いや言葉づかいを慎重にし、どっしりとした威厳を身につけるべきである。
重職は君主(社長)に代わって実務を執り行う大役であるから、重役が落ち着くことによって、はじめて万事が順調に進み、成果が上がって、複雑な問題も解決に向かい、人々の心も落ち着いてくる。
これでこそ重職の名に相応しいといえるだろう。
また小さな問題にこだわっていては、重大な事に手抜かりが生じる。
些細な事は省く方が、自然と大事な問題は抜かりなく対処できるのである。
大臣(重役)たるもの、こうでなくてはならない。
およそ政治というものは、それぞれの職分に応じて、職責を果たすことから始まる。
よって、まず重職大臣が、正しく本分を尽くすことから始めなければならない。
第二条 部下の活用
自分の好みで部下を使ってはならない
大臣の心得は、先ず諸有司の了簡を尽さしめて、是を公平に裁決する所其職なるべし。
もし有司の了簡より一層能き了簡有りとも、さして害なき事は、有司の議を用るにしかず。
有司を引立て、気乗り能き様に駆使する事、用務にて候。
又些少の過失に目つきて、人を容れ用る事ならねば、取るべき人は一人も無之様になるべし。
功を以て過を補わしむる事可也。
又賢才と云う程のものは無くても、其藩だけの相応のものは有るべし。
人々に択り嫌なく、愛憎の私心を去て、用ゆべし。
自分流儀のものを取計るは、水へ水をさす類にて、塩梅を調和するに非ず。
平生嫌いな人を能用ると云う事こそ手際なり。
此工夫あるべし。
口語訳
大臣(重役)の心得として、まず部下たちの意見をしっかりと出させ、これを公平に判断して裁決することがその職分である。
もし自分に部下の意見より良いものが有るとしても、さして問題がない場合は、部下の考えを採用するほうがよい。
部下を引き立てて、気持ち良く積極的に仕事をしてもらえるようにすることが重要である。
また、小さな過失にこだわって、人を受け容れ用いることがないならば、使える人は誰一人していなくなってしまう。
次の機会の功績をもって、過ちを補わせればよい。
また、優秀という程の者がいなくても、それ相応の者はいるものだ。
好き嫌いの私心を捨て去って、人を用いるべきである。
自分の好みの部下ばかり取り立てるのは、水に水をさすようなもので、味もそっけもない。
日頃は嫌いな人をよく用いるのが手腕というもの。
この工夫があるべきだ。
第三条 不易流行
守るべきものは守り、変えるべきものは変える
家々に祖先の法あり。取失うべからず。
又仕来仕癖の習あり、是は時に従て変易あるべし。
兎角目の付け方間違いて家法を古式と心得て除け置き、仕来仕癖を家法家格などと心得て守株せり。
時世に連れて動かすべきを動かさざれば、大勢立ぬものなり。
口語訳
それぞれの家には祖先から引き継いできた伝統的な基本精神があるが、これは決して失ってはならない。
また、その他に「しきたり」「しくせ」という慣習もあるが、こちらは時の流れに従って変えていくべきである。
とかく目の付け所を間違って、守るべき精神を古くさいと考えて除けてしまい、変えてもよい習慣を大事なもののように守ろうとしたりするのである。
時代の流れに合わせ変えるべきものは変えなければ、大勢から取り残されてしまう。
守株 … ある農夫が偶然にも切り株にぶつかって死んだうさぎを拾った。
それ以来、彼は働くことをやめ、またうさぎがかかるのを待って
株の番をして暮らし、みんなの笑い者になった。 『韓非子』より
第四条 前例と変革
「きまり」「しきたり」にこだわるな
先格古例に二つあり、家法の例格あり、仕癖の例格あり、先づ今此事を処するに、斯様斯様あるべしと自案を付け、時宜を考えて然る後例格を検し、今日に引合すべし。
仕癖の例格にても、其通りにて能き事は其通りにし、時宜に叶はざる事は拘泥すべからず。
自案と云うもの無しに、先づ例格より入るは、当今役人の通病なり。
口語訳
昔からの「しきたり」には二種類ある。
一つは「家訓」その家の「きまり」であり、もう一つは仕癖という「慣習」である。
今ある問題を処理する場合、まず「このようにあるべきだ」という自分の案をつけて、時と場合を考えてから家訓や慣習の先例も調べた上で、今の時代の状況に適合するかどうかを判断すべきである。
慣習についても、よいものはそのままでよく、時の宜しきを得ない、時代に合わないことにいつまでもこだわってはならない。
自分の案も持たないで、家訓や慣習の先例から入るのは、今の役人・役職者の共通の病気である。
自案…自分の独特の案、自主的な案
意見と批判⇒相手と考え方が異なるとき、自案を持って異論を出すのが「意見」、自案も無しに否定をするのが「批判」
当今役人の通病⇒いつの時代にもある、リーダーがかかりやすい病気
一貫性というのは、想像力を欠いた人間の最後の拠り所である。
オスカー・ワイルド
第五条 タイミング
「機」に応ずる
応機と云ふ事あり肝要也。物事何によらず後の機は前に見ゆるもの也。
其機の動き方を察して、是に従ふべし。
物に拘りたる時は、後に及でとんと行き支えて難渋あるものなり。
口語訳
「機」に応ずるということは大切なことである。
何事によらず、後からやってくる機というものは事前に察知できるものである。
その機の動きを察知し、それに反応すべきである。
物にこだわっていてこの機を逃した時には、後で行き詰って苦労し、取り返しのつかないことになる。
リーダーはいつも「機」に「敏」でなければならない。
機会は前頭だけに毛髪があり、後頭ははげている。
もしこれに出あったら前髪を捕えよ。
一度にがしたら、神様でもこれを捕えることは出来ぬ。
フランソワ・ラブレー
小才は、縁に出会って、縁に気づかず、
中才は、縁に気づいて、縁を活かさず、
大才は、袖ふれ合った、縁をも活かす。
柳生但馬守宗矩
第六条 バランス感覚
公平と中庸
公平を失ふては、善き事も行われず。
凡そ物事の内に入りては、大体の中すみ見えず。
姑く引除て活眼にて惣体の対面を視て中を取るべし。
口語訳
公平を失ってしまったら、よい結果は得られない。
何か問題が起こった時、その渦中に入っていては、全体はおろか中心も隅々も見えなくなってしまう。
こういう時はひとまずその中から抜け出して、少し離れて偏りのない眼で全体を観察し、その中心(皆の納得できるところ)を取るべきである。
リーダーにはバランス感覚が求められる。
バランスとは?⇒2つを足して2で割って等しければいいということではない。
公平と平等⇒「公平≠平等」
第七条 無理押付の戒め
「嫌がること」を押し付けるな
衆人の厭服する所を心掛べし、無理押付の事あるべからず。
苛察を威厳と認め、又好む所に私するは皆小量の病なり。
口語訳
人々が満足することや嫌がることを常に心掛けるべきである。
けっして無理強いや押し付けがあってはならない。
人の欠点や失敗を細かく厳しく追及することを威厳と勘違いしたり、個人的好みだけで判断して事を運ぶのは、器量が小さい人物の病気である。
おしつけ⇔しつけ
第八条 重職の禁句
「忙しい」というのは恥である
重職たるもの、勤向繁多と云う口上は恥べき事なり。
仮令世話敷とも世話敷と云わぬが能きなり、随分手のすき、心に有余あるに非れば、大事に心付かぬもの也。
重職小事を自らし、諸役に任使する事能わざる故に、諸役自然ともたれる所ありて、重職多事になる勢あり。
口語訳
重役(管理職)たるもの、「忙しい」という言葉を口にするのは恥ずかしい事である。
たとえ本当に忙しくても、忙しいと言わない方がよい。
出来るだけ手をすかせ、心にゆとりを持つようにしないと、本来すべき大事な仕事に取り組めなくなる。
リーダーが小さな事まで自分でやり、部下に仕事を任せる事をしないから、
任せてもらえない部下たちは自然とリーダーにもたれかかって仕事をしなくなり、
結果的にリーダーがますます忙しくなってしまうのである。
第九条 人に任せてはいけない仕事
「信賞必罰」は絶対に自分でやれ
刑賞与奪の権は、人主のものにして、大臣是を預るべきなり、倒に有司に授くべからず、斯の如き大事に至ては、厳敷透間あるべからず。
口語訳
人を罰したり、褒めることも必要であり、刑罰や褒賞を与えたり奪うことの権限は主君のものであって、大臣(重職)だけがこれを代行できる重い役目である。
この重大な権限は、部下に任せてはいけない。
信賞必罰の重大な仕事は、絶対に他人任せにせず、厳格に行わなければならない。
第十条 優先順位
何を先にし、何を後にするか
政事は大小軽重の弁を失うべからず。
緩急先後の序を誤るべからず。
徐緩にても失し、火急にても過つ也、着眼を高くし、惣体を見廻し、両三年四五年乃至十年の内何々と、意中に成算を立て、手順を逐て施行すべし。
口語訳
仕事はまず何が重要で、何がそれほどでもないか、問題の大小軽重を見分けることが大切である。
緩急や優先順位を間違えてはいけない。
時間をかけ過ぎてタイミングを失うこともあれば、急ぎ過ぎて失敗することもある。
重役(管理職)は視点を高くして、物事の全体を捉え、三年、四五年、あるいは十年の内にどうするかという見込みと計画を立て、手順をおって実行していくべきである。
第十一条 包容力
いつも「大きな心」を持て
胸中を豁大寛広にすべし。
僅少の事を大造に心得て、狭迫なる振舞あるべからず。
仮令才ありても其用を果さず。
人を容るる気象と物を蓄る器量こそ、誠に大臣の体と云うべし。
口語訳
心は大きく寛容であるべき。
些細な事をたいそうに考え、こせこせと立ち振る舞うようではいけない。
そのような人は、たとえ素晴らしい才能を持っていようとも、重役(管理職)としての役目を果たすことはできない。
重職失格である。
人を受け容れる大きな心と、何事も抱え込める器量こそが、真のリーダーの姿である。
第十二条 素直
「虚心坦懐」人の意見に耳を傾けよ
大臣たるもの胸中に定見ありて、見込みたる事を貫き通すべき元より也。
然れども又虚懐公平にして人言を採り、沛然と一時に転化すべき事もあり。
此虚懐転化なきは我意の弊を免れがたし。
能々視察あるべし。
口語訳
リーダーたるもの、信念を持って、決めたことを貫き通すようでなくてはならない。
しかしまた、虚心坦懐、素直な心で人の意見に耳を傾け、それが正しいとき、最善と思われる場合は、急きょ一変しなければならないこともある。
これが出来なければ、何でも自分の意見をゴリ押しする弊害を免れない。よくよく自省することである。
第十三条 抑揚と調和
「信」を大切にし、「義」を判断基準とせよ
政事に抑揚の勢を取る事あり。
有司上下に釣合を持事あり。
能々弁うべし。
此所手に入て信を以て貫き義を以て裁する時は、成し難き事はなかるべし。
口語訳
現場においては、時に応じて抑揚・メリハリ・強弱・アクセントのようなものが必要なこともある。
また上下関係の調和・釣り合いを保つことも大切。
これをよく弁え、心得たうえで信頼関係を大切にし、正しい筋の通ったことを判断基準にしていけば、難しい事はなくなるだろう。
第十四条 省くということ
「作為」は排除し、手数を省いてシンプルに
政事と云えば、拵え事繕い事をする様にのみなるなり。
何事も自然の顕れたる儘にて参るを実政と云うべし。
役人の仕組事皆虚政也。
老臣など此風を始むべからず。
大抵常事は成べき丈は簡易にすべし。
手数を省く事肝要なり。
口語訳
政治といえば、作為の多い作り事、破れたところだけ繕うようになりがちである。
しかし何事もありのまま誠の心で治めていくのが本当(実政)で、役人の作為により仕組まれたものは偽り(虚政)である。
ベテランのリーダーはこのような悪しき風潮を広めてはならない。
通常の仕事はできるだけ簡易に、手数を省いてシンプルにすることが大切である。
第十五条 表裏なく「本心」で動け
世の風潮は必ず上から起こり、下に伝わる
風儀は上より起るもの也。
人を猜疑し、蔭事を発き、たとえば、誰に表向斯様に申せ共、内心は斯様なりなどと、掘出す習は甚あしし。
上に此風あらば、下必其習となりて、人心に癖を持つ。
上下とも表裡両般の心ありて治めにくし。
何分此六かしみを去り、其事の顕れたるままに公平の計いにし、其風へ挽回したきもの也。
口語訳
世の風潮、日常の生活態度は、上から始まって下に伝わっていくものである。
人を疑ったり、隠し事をあばいたり、例えば「誰それは表向きこのように言っているが本心は違う」などと掘り出すようなことは、甚だ悪しきものである。
上に立つ人がこんな風潮ならば、下は必ずこれを真似て、人々に悪習がつく。
上から下まで心に表裏ができて相手を信頼しなくなれば、組織は治まらない。
このような難しい風土は取り去って、ありのまま公平・正直に、物事が行われる組織にしていきたいものである。
第十六条 情報開示と守秘
物事の透明性
物事を隠す風儀甚あしし。
機事は密なるべけれども、打出して能き事迄も韜み隠す時は却て、衆人に探る心を持たせる様になるもの也。
口語訳
情報を隠すという風潮は非常に悪い。
もちろん大切な問題は秘密にしなければならないが、開示してよいことまで隠せば、かえって社員(部下)に上層部を疑う心を持たせてしまうものだ。
リーダーは情報の開示と守秘のけじめをはっきりとさせるべきである。
第十七条 人心一新
部下の心を「明るく」せよ
人君の初政は、年に春のある如きものなり。
先人心を一新して発揚歓欣の所を持たしむべし。
刑賞に至ても明白なるべし。
財帑窮迫の処より、徒に剥落厳沍の令のみにては、始終行立ぬ事となるべし。
此手心にて取扱あり度ものなり。
口語訳
新リーダーの就任は、ちょうど新しい春を迎えるのと同じである。
まずは部下たちの心を明るく一新して、意気盛んに楽しめるものにすべきである。
そのためには信賞必罰も、公平・明確にしなければならない。
財政が苦しいからといって、倹約や減俸、気分が落ち込むような厳しく寒々した命令ばかりでは、前途は真っ暗でうまくいくはずがない。
リーダーはこうしたことをよく心得て、清く明るく、楽しいチーム(組織)を作っていきたいものである。
