オナニーはしたい時にする! やりたい時、気分が高揚した時にするオナニーは最高だ! 書きたい時、気分が高揚した時だけ書くHP 備忘録、日々雑感、愚痴、不平不満、思いつきを書きたい時に書きなぐる自己満HP

9つの性格 -エニアグラムで見つかる[本当の自分]と最良の人間関係

目次[閉じる]

あなたのタイプを想定する20の質問

エニアグラムを学ぶための第一歩として、あなたの性格タイプを想定しなくてはならない。
まず次の9タイプに関する各20の質問にYesかNoで答えてほしい。
そのチェックで、もっともYesが多かったタイプをあなたのタイプの候補として、自分探しをスタートする。
答える際に、あまり深く考えずに気楽にYesかNoを決めてほしい。

タイプ1

①自分の欠点を改めるために努力する。
②物事が、きちんとしていないと、いらいらすることがしばしばある。
③時間の浪費と思われることをしたり、つき合ったりすることを避けようとする。
④もっとよくやれるはずなのに、どうしてやれないのかと、しばしば自分も、周囲の人々も責める。
⑤小さいミスや欠点でも気にかかる。
⑥くつろぐのが下手で、冗談や酒落が簡単に言えない。
⑦頭の中で自分の物差を自分にも他人にも当てて批判する。
⑧他の人よりも取り越し苦労で、心配性だ。
⑨すべてのことに率直で正直でありたいと思っている。
⑩ウソやごまかしなど、人の道に外れたことはしたくないと思う。
⑪物事は正しくあることが大切だ。
⑫することがたくさんあるのに時間が足りず、いつも急き立てられている。
⑬自分はどのように時間を使ったか、細かくチェックしてしまう。
⑭凡帳面で実直だが、小心者だと思う。
⑮悪いことは、どうしても許せないと、すぐ思い込んでしまう。
⑯物事が公正でないと悩み、当惑する。
⑰向上心が強く、もっと向上しなければいけないと思っている。
⑱他人に認められる前に、まず自分が完全でなければならないと思う。
⑲しばしば欲求不満に駆られる。この自分も他人も、まだ完全ではないからだ。
⑳正しいか誤っているか、あるいはよいか悪いか、という基準で物事を見ようとする。

タイプ2

①自分は多くの人に頼られていると感じる。
②他人に奉仕することを大切に感じている。
③「他人にとって必要な存在でありたい」といつも思っている。
④多くの人々に親近感をもたれていると思う。
⑤他人を喜ばせるような言葉をかけることがよくある。
⑥人が困ったり、苦しい立場に立たされたとき、助けたくなる。
⑦好き嫌いにかかわらず、自分の目の前にいる人の世話をしてしまう。
⑧人々が慰めと助言を求めて、私のところにやって来てほしいと思っている。
⑨人に頼られることはうれしいが、ときどき頼られすぎて重荷に感じる。
⑩自分自身のことは後回しにしがちだ。
⑪人のためにしたことなのに、感謝されていないと思うことがときどきある。
⑫いつも誰かの”近く”にいることを感じていたい。
⑬当然感謝されると思ったのに、感謝されないとき、自分が犠牲者になったような気がする。
⑭「愛し、愛されることこそ、人生でもっとも大切なことだ」と強く感じている。
⑮気持ちと気持ちが通じ合うとき、喜びを感じる。
⑯人のために尽くすことによって、その人の人生に自分が大切な存在でありたいと思う。
⑰人が私の力で成長してくれるのがうれしい。
⑱困っている人を助けるために、自分の自由な時間をしばしば使う。
⑲人が自分を気づかつてくれる以上に、人のために気づかっている。
⑳周囲の人々の反応に敏感だ。

タイプ3

①いつも何かしていることを好む。
②仲間と一緒に働くのが好きで、自分自身、よい仲間でありたいと感じている。
③仕事に対しては、正確で専門的でありたい。
④物事を達成するには、組織化して、無駄なく効率的にやることを重視している。
⑤自分は成功していると、いつも思っていたい。
⑥明確に目標を定め、その成果に向かって、今、自分がなにをしたらよいかを良く知っている。
⑦達成表や点数など、自分がやり遂げた実績を示すものを好む。
⑧私の物事をなし遂げる行動力を、他人はうらやましがる。
⑨他人に対して、自分は成功しているというイメージを与えていたい。
⑩自ら決断することを好むが、臨機応変に意見を変えることもある。
⑪目標を達成するためには、時には相手にあわせて妥協する。
⑫過去の失敗や間違いより、やり遂げたことを感じていたい。
⑬自分のしていることがうまくいっていないと言われることが大嫌いだ。
⑭何かを続けていくよりも、新しく何かを始める方が好きだ。
⑮人から説得力があると言われる。
⑯自分の仕事、役割を大切に思っており、有能な自分を感じていたい。
⑰何事も具体化し、認められるように努力する。
⑱他人と相対するときには、多くの成果をあげているイメージが大切だ。
⑲物事を達成し、自己主張する人間と思われている。
⑳第一印象は特に大切だ

タイプ4

①多くの人々は、人生の本当の美しさとよさを味わっていないと思う。
②自分の過去に強い哀愁を感じる。
③いつも自然に、ありのままに振る舞いたいが、それは難しい。
④象徴的なものに心がひかれる。
⑤他の人は、自分が感じるように深くは感じていない。
⑥私がどのように感じているか、他の人にはなかなか理解できない。
⑦礼儀正しく、いつも品位を保ち続げたい。
⑧自分にとって周囲の雰囲気は大切だ。
⑨人生は劇場で、自分はその舞台で演じているような気持ちだ。
⑩マナーのよさ、よい趣味は、私にとって大切だ。
⑪自分を平凡な人間だと思いたくない。
⑫失われたもの、死、苦しみを思うとき、つい深い思いに沈んでしまう。
⑬ときどき向分の感情をありきたりの形で表現したのでは十分でないと思う。
⑭あまりにも自分の感じ方に囚われて感情が増幅し、一体どこまでが自分の感じ方なのかわからなくなる。
⑮人間関係がうまくいかないことに、他人よりも困惑する。
⑯自分自身を悲劇の主人公のように感じることがある。
⑰なんとなくお高くとまっていると、人から非難されることがある。
⑱感情の起伏が激しく、気分が高揚したり沈んだりするが、どっちつかずだとかえって生き生きした感じがしない。
⑲人々は私が芝居がかっていると言うが、彼らは私が実はどのように物事を感じているか、何も理解してはいないのだと思う。
⑳芸術や美的表現は、私の感情を表わす手段として非常に大切である。

タイプ5

①自分の感情を表現することは苦手だ。
②いつか役に立つものと思って、ため込む傾向がある。
③何ということもない会話をするのが苦手である。
④総合的にものを見たり、いろいろな意見をまとめるのが得意だ。
⑤いきなり人から「今どのように感じているか」と聞かれでも答えようがない。
⑥日常生活で、プライベートな時間と場所があるとくつろげる。
⑦自分が率先して行うよりも、他の人に任せる。
⑧自分が直接関わる前に、他人のしていることを観察する傾向がある。
⑨他人を避けて、ひとりでいる時聞が好きだ。
⑩自分は他の人々一と比べて物静かだと思う。
⑪自分から他人の方に出向くのが苦手で、頼み事も言いにくい。
⑫問題が起きたら、自分で解決する方が楽だ。
⑬自己主張することが下手だと思う。
⑭考えることで問題を解決しようとする。
⑮全体を見渡して状況をつかんで判断したい。何か見落としていたら、自分自身が軽率だ ったとして自分のミスを責める。
⑯自分の時間やお金に関してもケチだと思う。
⑰支払ったお金に見合うものが得られないときは不満だ。
⑱自分でやっかいなことをひき起こすと、自分を”馬鹿だな”と思う。
⑲話し声が静かなので「大きな声で話してほしい」と言われることがある。
⑳人に「与える情報」よりも、人から「受け取る情報」の方が多い。

タイプ6

①ある種の権威者の側にいると神経質になる。
②疑惑のために苦しむことがよくある。
③明確な指針をもち、自分の立場を知っていたい。
④いつでも危険を油断なく警戒している。
⑤物事をまじめに考えすぎる。
⑥何か間違いはないかと、いつも自問している。
⑦批判を攻撃として感じることがしばしばある。
⑧自分の配偶者や仲間が何を考えているのかと、くよくよ心配することが多い。
⑨しようと思えば身を粉にして働くことができる。
⑩友人たちは私のことを忠実で、人を支え励まし、思いやりがあると見てくれている。
⑪私は非常に優れたユーモアの感覚があるとよく言われる。
⑫規則は厳密に守る、あるいは規則をよく破る。
⑬親密な人との関係で弱い立場になればなるほど、いっそう心配性で怒りっぽくなる。
⑭物事をぐずぐず引き延ばすか、さもなければ、がむしゃらに突進して、ときには危険な状況にも突っ込む傾向がある。
⑮自分をほめたりすかしたりして操縦しようとする人たちは、すぐにわかる。
⑯予測できることが好きだ。
⑰自分で自分自身の成功を妨害してきた。
⑱よいときも悪いときも終始変わらず、他の人たちを支えてあげられる。
⑲身ぎれいにし、きちんと整頓しておけば、それだけ自分の生活を自分でコントロールしていると感じていられる。
⑳うぬぼれている人や野心的な人は好きではない。

タイプ7

①他の人と比べて、人を疑ったり、動機を詮索したりしない方だ。
②何でも楽しいことが好きだ。
③物事は、いつもよい方へ展開していくはずである。
④他の人々が、私同様にもっと明るい気持ちでいればいいのにと思う。
⑤他の人が、どう思うのかにはあまり関心がなく、自分はいつも幸福だと思っている。
⑥いつも物事の明るい面を見る。人生の暗い面には目を向けたくない。
⑦出会う人にあまり敵意を感じない。
⑧ジョークや明るい話が好きで、暗い話は聞きたくない。
⑨私は子どもっぽく、陽気な人間だと思う。
⑩パーティーなどでは目立ちたがり屋の方だ。
⑪「木を見て森を見ざる」なのは困ったものだ。物事は広い視野でとらえるべきだ。
⑫「よいもの」は、「もっとよく」と強く思う。
⑬悲しみは早く忘れよう。
⑭何事も、暗い現実に目をつぶってでも「すてき」と言えるようなものにしたい。
⑮苦労の生み出す「味わいのある人生」より「楽しさいっぱいの人生」を過ごしたい。
⑯未来に対して情熱を失うことはない。
⑰人々を朗らかにして、喜ばせるのを好む。
⑱無理してでも、「嫌なこと」はできるだけ避けて通りたい。
⑲ひとつのことに集中するよりも、次から次へと関心が移っていく。
⑳自分の子ども時代を幸福なものだったと思い出すことができる。

タイプ8

①自分が必要とするもののために戦い、必要とするものを断固として守り抜く。
②他人の弱点をすばやく見つけ、相手が挑戦してきたら、その弱点を攻撃する。
③物事について不満を表明することはなんでもない。
④他人と対決するのを恐れないし、実際よく対決する。
⑤力を行使するのは痛快だ。
⑥グループの誰が権力を握っているのか、すぐ見分けがつく。
⑦攻撃的で自己主張の強い人間だ。
⑧物事がどのようになされるべきかを知っている。
⑨自分のやさしく、上品で、柔和な ”女性的な面”を容認することも、表現することもできにくい。
⑩すぐに退屈する。動いているのが好きだ。
⑪仁義と筋を通すことは、私にとって重要な問題だ。
⑫自分の権威や権限の下にある者をかばう。
⑬自分は”素朴な”人間だと思う。
⑭一般に自己反省や自己分析にはあまり関心がない。
⑮自分は順応しにくい人間だと思う。
⑯よけいな世話をやかれるのが嫌いだ。
⑰他人からとやかく言われて、自分を正すのはいやだ。
⑱自分は働き者だと思う。
⑲物事をただ成り行きに任せることに抵抗がある。
⑳他の人々は、それぞれ自分の問題をつくり出すと考える。

タイプ9

①多くの人々は、物事にあまりに力を使いすぎている。
②狼狽しなげればならないような出来事など、人生にそうあるものではない。
③たいていの場合、私は平穏平静だ。
④何もしていないときがいちばん好きだ。
⑤私はきわめてのんきな人間だ。
⑥この前、眠れなかった夜がいつだったか思い出せない。
⑦多少の差はあっても、ほとんどの人はみんな同じだと思う。
⑧通常、物事についてあまり興奮しない。
⑨明日まで待てないというようなせっぱつまった気持ちになることがない。
⑩何かを始めるのに外部からの刺激が必要だ。
⑪何事によらず力を浪費するのが嫌だ。物事を行う際、力の節約を考慮する。
⑫「そんなことで、わずらわせないでほしい」というのが私の態度だ。
⑬私は感情に動かされない冷静な仲裁者だ。私にとっては、どちら側も同じことなのだ。
⑭中途半端で落ち着かないことが嫌いだ。
⑮通常もっとも抵抗が少ない道を選ぶ。
⑯自分が安定した人間であることを誇りとしている。
⑰人々を落ち着かせるために、相手に合わせて行動しようとする。
⑱自分自身をそんなに重要な人間だと考えていない。
⑲人の話を聞いたり、注意を払ったりするのが苦手だ。
⑳「座れるのになぜ立つのか、寝ていられるのになぜ座るのか」という考え方に賛成だ。

あなたはこんな性格? 〜9つのタイプのプロフィール

タイプ1:完全でありたい人

何事においても完璧を期し、自らの理想を建設的な姿勢で追い求め、努力を惜しまない。
常に公正と正義を心がけており、正直で信頼できる人柄で自分の倫理観には自信をもっている。
“きちんとした”イメージがあり、常に自制的であることを心がけ、「すべき」という言葉をよく口にする。「正しいことをしている」「正しいとわかっている」ということでなによりも満足感を得る。

タイプ2:人の助けになりたい人

情愛深く、困っている人に救いの手を差しのべ、周囲の人々の助けになることに労をいとわない。
他者の必要を満たすことに一所懸命な一方で、他者の助けを必要としている自分の気持ちに無自覚。
直感力が鋭く、周囲の人々の気持ちに同調できるので環境への適応力の点でも優れている。
またいくつもの自分をもち、相手によって別の自分を見せることができる器用さも備えている。
「他人を助けている」「自分を顧みず他者の世話をしている」ということでなによりも満足感を得る。

タイプ3:成功を追い求める人

常に効率性を心がけ、成功するためには、自分の生活を犠牲にしてまでも努力を惜しまない。
自分の掲げた目標に向かって他人よりも効率よく、邁進することを期待し、周囲の人々のやる気を巧みに喚起する。
自分の人生の価値を、成功か不成功かの尺度で測り、実績を重視する精力家。
自分のよいイメージを周囲に示そうとし、多くの場合、自信に満ちた印象を与える。
「成功している」「物事が効率よくうまくいった」ということでなによりも満足感を得る。

タイプ4:特別な存在であろうとする人

自分が特別な人間であると自負しており、何よりも感動を大切にして、平凡さを嫌う。他人よりも悲しみや孤独などを深く味わえると感じており、思いやりがあり、人を支え励ますことを好む。
また自分をドラマの中の役者のように感じており、立居振る舞いからファッションまで洗練された感じで、表現力豊かな印象を他人に与える。
「特別な存在である」「ユニークだ」「深い感動を味わえる」ということで満足感を得る。

タイプ5:知識を得て観察する人

知識を蓄えることを好み、賢明であろうと心がけている。
分析力や洞察力に長け、客観的な傍観者に徹することを好み、現実の観察力に長けているが、口数が少なく、遠慮しがちだ。愚かさを恐れ、仕事を始める前、あるいは意見を述べる前に、こつこつと情報を収集し、状況をすべて把握しようとする。
また孤独を好む傾向が強く、自分ひとりの時間をとても大切にしている。
「知恵がある」「賢い」「何でも知っている」ということでなよりも満足感を得る。

タイプ6:安全を求め慎重に行動する人

“安全”への欲求から行動するタイプ6は、二面性をもっている。ひとつの面は、強い保護者を求め、その保護者に対して、きわめて忠実で責任感を発揮する。
その一方で、納得のいかない権力に反抗し、弱者の主張をよく聞き入れ、疑色の強い闘いにも果敢にチャレンジする面ももっているのだ。
相手のちょっとした言動から、その真意を読み取る能力をもっており、信頼関係さえあれば、情け深さや心の温かさを示す。
「忠実である」「誠実である」ということに満足感を感じる一方で、「率直さ」「社会規範に順応しない」「危険に勇敢に立ち向かう」ということにも満足感を感じる。

タイプ7:楽しさを求め計画する人

万事に楽観主義的で陽気な雰囲気をもち、自分の周辺に楽しみを見出す能力に長けている。
周囲にたくさんの好きな人間をもち、自分も魅力的であろうとする。
また常に楽しい計画を立て、アイデアを案出しようとし、好奇心が強く想像力に富んでいる。
「とても楽しい」「愉快でたまらない」「計画がいっぱいある」ということで満足感を得る。

タイプ8:強さを求め自己を主張する人

自分が正しいと思うことのために全力で戦う戦士。勇気とエネルギーにあふれ、不正や怠慢、虚栄心などを素早く見抜き、それらに敢然と立ち向かう。
権力構造を把握する能力に優れ、巧みに自分の“強さ”を発揮できるポジションを確保する器用さも備えている。
気取りがなく誠実で、弱者をかばい、守ろうとする。「力がある」「できる」「力に満ちている」ということでなよりも満足感を得る。

タイプ9:調和と平和を願う人

葛藤や緊張を避ける平和主義者で自分の内面がかき乱されることを嫌う。
他人に同化するため、周囲の人たちの影響を受けやすいが、よい環境にあるならば、心が広く、動じることがなく、辛抱強い。
偏見がなく、人の気持ちになれることができるので、他者の悩みを聞いてあげる聞き上手でもある。
「落ち着いている」「調和に満たされている」ということでなよりも満足感を得る。

各タイプの良い状態と悪い状態

良い状態悪い状態
タイプ1道徳的、信頼できる、建設的、賢い、理想主義、公正、正直、きちんとしている、自制的善悪で判断しがち、頑固、独善的、強迫神経症的、あら探し好き、真面目すぎる、人に対して操作的、心配性、嫉妬深い
タイプ2情愛深い、面倒見がよい、適応できる、直感力がある、心が広い、物事に熱中する、人々の気持ちに同調できる殉教者的、遠回し、人を操る、独占したががる、ヒステリック、人のいいなりになる、感情を表わしすぎる、非論理的になる
タイプ3楽天的、自信たっぷり、勤勉、有能、自力で進める、精力的、実際的信頼できない、自己陶酔的、尊大、うぬぼれが強い、浅薄、意地が悪い、ひどく競争心が旺盛
タイプ4心温かい、思いやりがある、内省的、表現力が豊か、独創的、直観的、人を支え励ます、洗練されている意気消沈する、自意識過剰になる、罪悪感に駆り立てられる、道徳を振りかざす、引きこもる、片意地、気まぐれ、物思いに没頭しすぎる、嫉妬心、しがみつき、復讐心に悩む
タイプ5分析的、粘り強い、鋭敏、賢明、客観的、洞察力が鋭い、自制心がある知的な面で傲慢、出し惜しみ、意固地、よそよそしい、あら探し好き、内気、消極的
タイプ6忠実、人好きがする、親身になって面倒を見る、心温かい、情け深い、機知に富む、実際的、人の助けになる、責任をとる極度に用心深い、人に対して操作的、何をしてかすかわからない、善悪で判断しがち、被害妄想的、自己防衛が過剰、考えなどの柔軟性がない、自滅的、怒りっぽい
タイプ7楽しいことが好き、自主性がある、想像力に富む、建設的、物事に熱中する、素早い、自信たっぷり、魅力的、好奇心が強い自己陶酔的、衝動的、焦点が定まらない、反抗的、自制心を欠く、独占したががる、臆病的、自己破壊的、落ち着きがない
タイプ8単刀直入、権威がある、誠実、精力的、気取らない、人をかばう、自信がある人に対して操作的、反抗的、鈍感、傲慢、自己中心的、懐疑的、押しが強い
タイプ9愛想がいい、おとなしい、心が広い、辛抱強い、受容性に富む、如才がない、偏見がない、人の気持ちになれる現実に対処できない、無頓着、片意地、強迫観念的、無神経、受動攻撃的、善悪で判断しがち、弱気、怠惰

エネルギーのバランスを崩す「囚われ」

「囚われ」は、こだわりや恐れ、慢心や拠り所、弱点、デメリットなど、さまざまな言葉に言い換えることができる。

あなたは何に囚われているか?

タイプ1:完全を求める

タイプ1には、人生のすべてに完全を求める「囚われ」がある。
物事を完全にするために懸命に努力し、周囲にもそれを期待してしまう。
しかし現実の社会に完全なものはそうないので、自分にも周囲にも憤りを感じる。
しかしタイプ1は、その慣りを自分では自覚していない。
さらに厄介なことに、憤りをあらわにせずに溜め込んでしまう。
安易に怒りを表わすことは、彼らにとって ”完全”でないからだ。
タイプ1は、他人が重視しない事柄にまで自己批判や自己弁護をし、自分が固執することに関しては何度もチェックし、他人までも自分のペースに巻き込もうとする傾向がある。

タイプ2:他者の愛の必要を認めない

タイプ2は、他者を援助する自己犠牲の精神が何よりも大切なことだと信じ、一所懸命他人に愛情を注ぐ。
しかし、”まわりの人から愛情や助力を受けたい”という願望を否定する。
つまり、自分は愛を与える人間であり、受ける人間ではないと考える「囚われ」がある。
しかし実際は、他人の役に立ちたいと誠意を尽くす反面で、無意識のうちに相手の感謝や思返しを求め、 そうなるようにしばしば相手を操作することがある。
タイプ2こそ他者の愛をもっとも必要としているのに、彼らはそれを認めないのだ。
常にまわりから関心をもたれることを望み、他者の拒絶を恐れるあまり、精神的にも曙好の面でも他者に合わせようとし、本当の自分を見失いやすいという面がある。

タイプ3:成功こそ人生と信じる

タイプ3には、人生においてもっとも重要なのは、目的を達成し、成功を収めることだという「囚われ」がある。
目的を達成することだけが、自分の価値を証明することだと信じており、人生の価値をすべて”成功”いう尺度で測てしまう。
そのため、成功しそうな仕事には情熱を燃やすが、失敗しそうで、注目を集めない仕事は避ける傾向がある。
タイプ3にとって成功とは、他人の評価を得て、よいイメージを形成することだから、それを得るためには自分の生活さえも犠牲にする。
自分のスタッフも成功のための道具と考える傾向があり、優秀な人材しか眼中にない。

タイプ4:平凡さを避ける

タイプ4は、平凡であることを避け、自分のことを他人とは違った特別な人間だと思いたいという「囚われ」がある。
自分の感受性に自信をもっているので、感性の世界に入り込み、現実を無視する傾向がある。
またその豊かな感受性ゆえに周囲の理解が得られないと感じ、それ が疎外感のレベルにまで達すると、欝状態になりやすく、引きこもろうとする。
自分の特別視ゆえに、現在に満足することができず、いつでも”本当の人生はこれから始まる”と感じている。
常に深い感動を求めるその姿勢は、洗練されたイメージとともに、大げさでお高くとまった感じを周囲に与える。

タイプ5:空虚さを避ける

タイプ5は、空虚さを避ける「囚われ」をもっている。
そして自分の空虚さの原因を自分の周囲の人聞が軽薄なためと考える傾向がある。
そこで彼らは、他者から離れ、空虚さを埋めるために、知識を吸収しようとする。
彼らは、愚か者と呼ばれることをもっとも嫌うので、豊富な知識や熟考、丹念な観察を重要だと考えている。
彼らにとって、現実とは、観察の対象であ り、それに意味付けをするのは自分だと考えている。
彼らは、思考によるバーチャル(仮想) の世界に遊ぶことで、現実の社会での喜びを味わおうとするので、現実に関わることよりも、 孤独な時間を好む。そのため周囲から引きこもりがちになってしまう。
知識に基づく正確な判断に自信があるので、どんなことでも自分ひとりで考え、そして、ひとりでものごとを追求していくことが肝心だと信じている。

タイプ6:権力への不信感

グイプ6は、権力への不信感という「囚われ」をもち、心に恐怖心を秘めている。
タイプ6には、強い保護者に守られ、彼に忠誠を尽くしたいという恐怖症型と疑念的な姿勢で権力に反抗し、不安を和らげようとする恐怖対抗型の面が共存している。
自分の意思で行動するのが怖いため、物事をなし遂げるのが苦手だ。
ひとつのアイデアを名案だと思っても、それを疑問視する考えに囚われ、行動がおろそかになってしまうのだ。
周囲から多くの要求を突きつげられるという思いを抱いており、自分が期待されていると感じ、期待に応えようと懸命になるが、同時に多くの気づかいや不安に悩まされる。

タイプ7:苦しみを避ける

タイプ7には、人生は楽しいものでなければならないと信じ、苦しいこと、辛いことを避けようとする「囚われ」がある。
常に楽しさの可能性を確保するために、多くの計画を立てるが、それを最後まで実行するのは苦手だ。
楽観的なナルシストで、自分を評価してくれる人間だけを好み、最高のものだけをつまみ食いしたいと思っている。
過去の失敗を振り返らず、未来の楽しいことに視線が向いているため、自分の負の部分を見つめようとせず、過去や現在から教訓を得ることができない。
楽しさを後回しにして、困難に立ち向かうことが、タイプ7には、 非常に難しい。

タイプ8:強さを誇示し、弱さを隠す

タイプ8は、強さを誇示し、自分の弱さを隠そうとする「囚われ」をもっている。
彼らは、 自分の価値を証明し、自分の尊厳を守ってくれるものは、ひとえに力であると信じている。
自分のテリトリーを強く意識し、それを侵すものはすべて排斥しようとする。
いつでも戦う身構えができており、ケンカを厭わないために、周囲の人々をしばしば怯えさせる。
自分に正義を行使する使命があると信じ、周囲の人聞は皆、妥協的な弱虫だと考えるので、協調性や柔軟性に欠ける傾向がある。
他人の弱点をすばやく見抜くのもタイプ8の特技で、挑まれると容赦なく相手の弱点を攻撃する。

タイプ9:葛藤を避ける

タイプ9には、葛藤を避けようとする「囚われ」がある。
平和を乱すことを避け、周囲の人々に適合しようとするタイプ9は、穏やかな人生を送ることを第一に考えるため、ややもすると無気力で怠惰になりがちで、新しい知識などを許容しようとしない。
どの意見も理解できるために、自分の意思を表明することができず、優柔不断な人間と思われがちだ。
自分の願望を蔑む傾向があり、他人の願望の方が重要に見えることも、タイプ9の意思決定を困難にしている。
周囲からプレッシャーを与えられると、意思を示さぬばかりか、動くことをやめて、無言の抵抗を示す。

「囚われ」に気づくだけで自分自身に優しくなれる

あなたの性格の悪い傾向である「囚われ」を意識し、認めることは、けっして愉快なことではない。
「私はここまでひどくない」と憤慨する人もいるだろう。
しかしエニアグラムは、人聞は、誰でも、各タイプ特有の「囚われ」をもっていると説く。
程度の差こそあれ、誰もが囚われているのだ。
そして「囚われ」を知ることの第一の効用は、すでに述べたようにあなたの性格上の悪い傾向を知ることで、自らを深く認識できる点だ。
「私には○○の傾向がある」ということを知れば、 自分の内面の状態をよい方向に向かわせることができるわけだ。
エニアグラムでは、「気づきこそ癒し」という言葉で「囚われ」への認識の重要性を説いている。
また「囚われ」を知ることは、自己嫌悪の解消につながる。
多くの人が、自分の性格上の欠点や嫌いな部分を自覚している。
しかし弱点や問題点をクリアに把握している人は少ない。
多くの場合は、得体の知れないもやもやとした不満感やもどかしきを抱くばかりだ。
しかしエニアグラムの「囚われ」は、その正体を正確に指摘する。

時間感覚に表われるタイプの「囚われ」

それぞれのタイプによって時間の観念が違うということ。
つまり自分の時間の感じ方と、他のタイプの時間の感じ方は大きく異なることになる。
そしてそこに「囚われ」が大きく作用している。

タイプ1:完壁にやるためには時間が足りない

完壁をめざして努力するタイプ1は、常に時間に追われている。
タイプ1に「時間は十分にありますか?」と聞けば、必ず「いや足りません」と答える。
完全かどうかを十分にチェックしなければならないからだ。
タイプ1には、やるべきことがいっぱいあり、しかもていねいにやらなければならないから、たとえ時間がたくさんあっても、十分ということはない。
その余裕のなさから、真面目な遊び下手になりがちだ。
タイプ1は、たっぷり時聞がある仕事を綿密にやってほしいと頼まれれば生き生きとするが、正確を期待する仕事を短い時間にやってくれと頼まれると怒りを覚える。

タイプ2:人のためになる時間は快適に過ぎていく

他人のために役に立ちたいと考えているタイプ2にとって、時間というのは、人間関係を築く出会いのチャンスであり、人を助けるために存在するものだ。
人のために役に立たない時間は、耐え難いほど憂欝なものでダラダラと経過する。
一方、自分が人の役に立っている、ある いは他人と仲よくしていると実感できる時間は「よい時間」だ。
彼らは、自分が生かされてい ると感じ、時間は非常に快適に過ぎていく。
例えば忙しくて苦しんでいる人がそばにいるとき、「そんなのほっといて自分の仕事をしろ」 と言われれば、「非情な人間だ」と憤慨する。

タイプ3:成果を得るために時間を有効に使いこなす

成功を求め、失敗を嫌うタイプ3にとって、時間は、何かをなし遂げるための手段であり、使いこなすべきものだ。
だから秒刻みで数え、時間をいかに有効に使いこなすかに執着する。
約束の時聞にタイプ3の人は、たいてい五分早く行く。
時計を見て”あと五分ある” となると、 その五分間でもうひと仕事しようとし、結果的に遅れたりする。
タイプ3は、短い時聞にたくさんのことをなし遂げることが喜びなのだ。
タイプ3の人に急ぎの仕事を頼んだ場合、それが大きい仕事で目立つものなら時間内にやり遂げる。
彼らは、どれだけ時聞がかかるかによって、目標を調節する能力があるのだ。

タイプ4:感情の強度、感動の有無で時間を計る

タイプ4は、時間にあまり強い意識をもっておらず、基本的に時間を無視して生きている。
感動を味わっているときの時間は強く意識し、飛ぶように過ぎていくと感じる。
一方、感動のない時間は、きわめて単調に過ぎ、意識は時聞から消える。
彼らは、時間を主観的な感情の強度によって計るのだ。
時聞から自由なので、朝起きようが、夕方起きようが平気な人が多い。
夕方の方が感動が味わえれば、夕方起きるという生活を好む。
タイプ4に、感動のない無味乾燥な仕事や誰にでもできる仕事を頼むと、時間は退屈でたまらないものになってしまう。

タイプ5:時間の傍観者だが、時間の不足に常に悩む

観察者であるタイプ5は、時聞が経過するのを見つめている。
時間は、自分と関連のある存在ではなく、「あっ、進んでいく、五分経過した」と時計をも観察の対象として見る。
限られた 時間内に理解し、知るべきことが多いので、ひとつのことに長い時間をかけることを好まない。
興味の対象があまりに多く、何かをなし遂げるには、時間が足りなさすぎると、時間の不足に いつもいら立っている。
また彼らにとって時間は、自分のためにあるものなので、他人に多くの時間を割いたり、社交的な活動に時間を取られることに抵抗を感じる。

タイプ6:時間は忠実でなければならない主人

タイプ6は時聞に忠実だ。よっぽどのことがない限り時聞をたがえない。
時間は、自分が守るべき忠実な主人だからだ。期限を重視し、それを厳守するが、それは、時間という主人の命令に背くと、それが裁かれ、制裁を加えられる恐怖をもっているからに他ならない。
だからタイプ6が、決められた時間内に仕事が終わらず、時間を守れない事態になるとパニックになる。
だから多くの仕事を同時に命じられると、不安感から、仕事が何も手につかなくなり、困り果てる。

タイプ7:楽しさのための時間はいくらでもあると信じ込む

タイプ7は、楽しいときは時間を忘れてしまい、しかも時聞はいくらでもあると考えがちだ。
楽しく過ごしている限りは、いつも時間は十分にあるという感覚をもっている。
だから次から次へと楽しいことを求め、結果的に時間不足に悩んだり、疲労圏構思したりすることになりがちだ。
一方、苦しみが入ってくると、時間が止まったようになり、とたんに投げ出してしまう。
だから、タイプ7は、楽しくない無味乾燥な仕事をやらされていると、その時間に耐えられず、活力が消えていってしまう。

タイプ8:時間は、 自力でコントロールすべきもの

タイプ8は、時間すらも支配するもの、コントロールするものと感じ、自分の家来と考える。
時間に支配されることは、弱みを見せることだから、必死に時間にコントロールされまいとする。
時間に追われ、コントロール不能になると、強い人間であるという自覚が失われ、生きる エネルギーは減少してしまう。
そこで時聞を守るだりでなく、時間を気にせずにすむように、 物事を早め早めに進めようとする。
ただし大切なことに没頭していると、時間は気にしなくなる。
タイプ8は、短い時間に多くの命令をされるとエネルギーが喪失し、自分の弱さにつけ込まれているという屈辱感を感じる。

タイプ9:単調に経過する時間がもっとも心地よい

タイプ9にとって、時聞は、メトロノームのように単調に経過すべきものだ。
いつもゆったりと、きちんと、規則正しく、葛藤なく、変化なく動くことが好ましい。
本人には、時間内にしなければならないことがたくさんあるという感覚があり、変化や変更があると、耐え難い混乱を感じる。
タイプ9に、急な仕事を頼むと、時間の流れの単調さが損なわれるために葛藤が起こり、非常に負担感を感じ、投げ出したくなってしまう。

「好む中枢」が作り出す各タイプの「囚われ」

エニアグラムが示す各タイプの好む中枢を図に示した。
この図に示されたようにタイプ2・3・4は「感情中枢」を好み、タイプ5・6・7は「思考中枢」を好み、タイプ8・9・1は「本能中枢」を好む。
エニアグラムのタイプの並び方が、このようになった理由のひとつは、好む中枢のグループ分けということが、この図でわかる。

もし三つの中枢をすべて手中にして、さまざまな状況に最適な中枢を活用できれば、きわめて理想的だ。
つまり人間関係に関しては感情中枢を活用し、本能的な行動に関しては本能中枢を活用し、思考や内省には思考中枢を活用できれば、人間は「囚われ」とは無縁であらゆる可能性を展開していくことができる。

しかしあなたは、生後、外界と折り合いをつけるために二つの中枢を捨て、ひとつの中枢だけで、行動するようになった。
そこであなたの機能は、バランスの悪いものになってしまったのだ。
各タイプがもつ「囚われ」は、機能の不十分さによって生まれるわけだ。

ただし各タイプが、それぞれの捨てた中枢が司る機能をまったく使えないわけではない。
各タイプは、それぞれの好みの中枢で、他の機能を補完しようとするのだ。
例えば、思考中枢の人は、他人との関わり合いや感情表現なども思考中枢で代替しようとする。
だから感情的な世界がまったく理解できないわけではなく、思考中枢で感情や人間関係の機微を推し量ることができるのだ。
ただしそれはあくまでも代用品であり、適材適所ではないので、十分な機能が期待できない。

この中枢に関しては、さらに知っておいてほしいことがある。
同じ中枢のグループでもその位置によって、その機能に違いがあるということだ。
各中枢の両端に位置するタイプは、それぞれの隣にある中枢を一定レベル使うことができる。

例えば、思考中枢のタイプ7は隣の中枢である本能中枢をときとして活用できる。
中枢のタイプ1は感情中枢をときとして活用する。
ただしタイプ7が感情中枢を使うことやタイプ1が思考中枢を活用することは非常に難しい。

またそれぞれの中枢の中央に位置するタイプ3・6・9 は、好む中枢だけを使おうとする。
しかしひとつの中枢だけを駆便しようとするゆえに、その頼りの中枢の本来の機能まで十分に活用できなくなっている。
しかもこの三つのタイプは、自分に「囚われ」があり、問題を抱えていることを認めようとしないという厄介さの点でも共通している。
例えば、タイプ9は、本能を感情と思考の代わりに用いる。その弊害が、同じ知識や思考法を好み、同じ友人としか付き合わないというライフスタイルを生む。
なぜなら本能は変化を好まない。この本能が、思考や感情を司る中枢の代用品となるので、タイプ9の思考活動や感情活動は、惰性的なものになりがちだ。
しかしタイプ9は、こうしたライフスタイルに特別問題を感じていないことが多い。
このように各タイプが好む中枢をもつことにより、それぞれ固有の限界、つまり「囚われ」をもつことになるのだ。

1.本能中枢を好むタイプ8・9・1

本能中枢の人にとってもっとも重要なのは”自分の存在”だ。
彼らは、他者の関心が自分に向けられることを望んでいる。
どのような場面でも自分の立場をただちに計ろうとし、 一定の位置にとどまったまま他人をコントロールしようとする。
彼らのエネルギーは”なさねばならないこと”に集中するので、自分にも他人にも多くの期待と要求を課す。
自分のエネルギーの流れに任せ、本能に従って行動することで彼らの尊厳は守られ、充実感を得ることができる。
また本能は、過去に体験したことによって形成されるので、その行動も意識も過去に縛られやすい。

タイプ8

タイプ8は、強さこそ自分の存在であり、他人に評価されるキーポイントだと考えている。
思考中枢の隣にいるので思考することは容易だが、感情中枢から遠いため、「好きか? 嫌い か?」といった相手の感情には興味を示さない。
感情中枢の代わりに本能中枢を使うので、他者の感情を把握しようとせずに力と強さを誇示することで他人と関わろうとする。
これが強さという「囚われ」を生み、対人関係の円滑さを欠く要因となる。

タイプ9

タイプ9は、感情と思考の中枢の代わりに本能中枢を使おうとするため、本来本能中枢がもっている生命力自体も抑え込まれ、生気に欠けたイメージを与える。
一方、感情と思考の中枢によって実現される「新しい人間関係」や「広い視野からの考察」、「未知の世界への好奇心」 といったものへの積極性に欠け、惰性的で葛藤を避けるという「囚われ」を生み出してしまう。

タイプ1

タイプ1は、感情中枢と隣り合っているので他人の感情を理解し、他人と関わり合うことはできるが、思考することは苦手だ。
そのため思考中枢による「全体との関わり合い」への聞いかけをすることができず、偏見を抱いて、ことに望みがちだ。
こうした思考の客観性の欠如が、完全さへの「囚われ」を生み、それに振り回される状況に陥る。

2.本能中枢を好むタイプ2・3・4

感情中枢の人の主要な関心事は、他人との関わり合いであり、もっとも重要なのは”自分への好意”だ。
彼らは、他者との関わりにおいて、その人が自分に「好意的か? 敵対的か?」あるいは「好きか? 嫌いか?」に意識を集中する。
そして相手が何を必要としているかを知ろうとし、それによって人を喜ばせたり、助けたりして、相手の反応を見る。
これは他者をコントロールしようとする行為であり、そのコントロールの目的は、相手から好意的な反応を得ることにある。

タイプ2

タイプ2は、本能中枢の隣にいるので感情中枢とともに本能中枢は利用することができるが、思考中枢を活用することは難しい。
そこで感情中枢を思考の機能に利用しようとするが、 全体との関わりで自分を把握することができず、抽象的な思考が苦手だ。
興味の対象は、個々の人間との関わりに限定され、大切な相手の助けになることに心を奪われる「囚われ」をもっ ている。

タイプ3

タイプ3は、感情中枢で本能や思考の機能まで果たそうとする。
そこで感情中枢をフルに使って、深く生きることができない。
彼らが、感情を殺しているように見えるのはこのためだ。
思考中枢の代わりに感情中枢を使うことで、自分の感情を満足させる”成功”にだけ知的興味を限定する。
また本能中枢の代わりに感情中枢を使うことで、自分の本能的な反応をそのまま表わすことができず、仮面をかぶり、演技することで偽りの感情を表に出す。

タイプ4

タイプ4は、感情中枢を好み、隣接する思考中枢も利用することができるが、本能中枢を使うことができない。
彼らは、激しい感情の次元に生きており、常に感動を求めている。
心の中で感じているよりも誇張して感情を表現するために、他者に理解されることが難しく、感情の 誇張ゆえに自分を特別な人間と認識する「囚われ」をもっている。
また本能の反応としての自然な振る舞いができず、本能的反応をも感情的な表現で示そうとする。

3.思考中枢を好むタイプ5・6・7

思考中枢の人の主要な関心事は「ひとつひとつの部分と全体との関連性」であり、情報や知識を元にした思考を重視する。
彼らは、本能中枢の人のように大胆に状況に入り込み、自分を位置づけようとはしないし、感情中枢の人のように他者に焦点を当てようともしない。
全体を見まわし、自分と他人との位置を把握し、何が起こっているかを理解する。
そして他人の場所に自分を置いてみることで他人の立場や心情を理解する。
この手法によって、思考中枢の人は、他人の心に注目しなくても、他人の身になることができる。
彼らは、思考による疑似的な体験から多くのことを知り、自分がどのように行動すればよいかを決定するのだ。

タイプ5

タイプ5は、思考中枢を好み、隣接する感情中枢の機能も利用できるが、感情より思考を重 視する傾向があり、感情を自覚するのに時間がかかる。
また本能中枢を使うことができないので、自然体でいることが難しい。
思考中枢の機能によって、知識と思考を重視し、行動する前に熟慮する慎重さをもっているため、傍観者の立場を好む。

タイプ6

思考中枢を好み、感情や本能の機能にも思考中枢を使おうとする。
そのため思考の機能自体 を十分に生かし切れないでいる。
彼らは、新しい知識を取り入れようとせず、これまでに得た 知識に固執する。
また暖昧さが我慢ならず、白か黒かをはっきりさせたがる。
こうした点も思考中枢の機能の問題点の表われだ。
感情や本能によるはずの反応や行動も思考に支配されがちで、頭がやるべきだと命じることに従って反応し、行動しようとする。
彼らにとって、他人が自分をどう思っているかは重要ではなく、他人と心を分かち合うことが苦手だ。
責任感によって仕事をこなし、その達成した仕事によって、愛情を得ようとする。

タイプ7

タイプ7は、思考中枢を好み、隣接する本能中枢も活用できる。
彼らは、思考中枢を感情中枢の代わりに利用し、相手の感情を無視して、自分の考えを一方的に押しつげる傾向がある。
自分のキャラクターや計画やアイデアは、誰でも好むはずだというナルシシズムと、自分の人生は必ずうまくいくはずだという楽観主義を特徴としている。

囚われたあなたの姿る知る

タイプ1

正義の人、勤勉の人

向上心と意志の強さをもつタイプ1は、勤勉に誠実に物事に取り組むので、仕事の精度は一般的に高い。
仕事や人聞を細部にわたって正確に理解する聡明さをもち、仕事の準備を入念にし、整理整頓を怠らない几帳面さは、敬服に値する。
また率直で人当たりがよく、周囲の人々と楽しく、愉快に過ごすことが上手だ。
ウソが嫌いで、正義感が強く、自分自身だけでなく、周囲の人々の向上のためにも、尽力を惜しまないので、友人として非常に頼りになる存在だ。
毎朝、決まった時聞に決まったコースをジョギングしたり、通勤の電車の中で語学や資格試験の勉強をしたりと、タイプ1は、すべての時聞を建設的なことに使う。
仕事は、ていねいに仕上げることが重要で、小さな誤りも見過ごさないために何度もチェックする。
そして新聞を読めば、汚職や卑劣な犯罪に憤り、街を歩けばマナーの悪い若者に嫌悪感を覚える。

怒りの回避と完壁さへの「囚われ」

しかしタイプ1は、怒りの回避と完壁さへの「囚われ」をもっている。
タイプ1の多くは、幼くして大きな責任感を期待された記憶をもち、子ども時代から自分の正しさを監視するシステムを発達させた。
彼らの心には批判者がいるのだ。この批判者は、とても強く、逆らいがたい存在なので、常にその批判者との相談をくり返す。
そして内なる批判者が示す”正しさ”に意識を集中させることで、自分の欲求を抑え込もうとする。
自分自身の本当の感情が湧き起こるメンタルスペースをもとうとしないのだ。
しかし彼らは、その強烈な自己抑制の傾向に気づいてはいない。

タイプ1にとっての”正しさ”は、正確さ、善良さ、公正さだ。
そして究極の目的は”完璧さ”である。
タイプ1は、自分が選ぶべき正しい選択肢は、各局面でひとつしかないと信じている。
だから彼らは「~ねばならない」「 ~ べきだ」という言葉をよ使う。
ただしタイプ1が、完壁きを求めるからといって、オールマイティというわけではない。
逆に完壁さに満足できない分野を切り捨てることも多く、苦手な教科や苦手な仕事のジャンルははっきりしている。
苦手なものに関わりあっていることで、自分の不完全さを頻繁に直視させられることは耐えられないからだ。
自分の欲求を抑えることは、欲求不満を生み、憤りゃいら立ちの原因になる。
だから彼らの口調は、通常の会話でも、主として高音のいら立ちのトーンを含んでいる。
いら立ちや憤りは、 本当の欲求と内なる批判者の声のギャップから生まれる緊張感の表われなのだ。

しかも”完壁でなければ社会は受け容れてくれない”という強迫感があるので、他人が気にしていない部分にまで、自己批判や自己弁護を行う。
またすでに検討済みのことまで蒸し返して、周りの人たちをうんざりさせることも多い。
ただしタイプ1が、ひとたび自分の過ちを認めてしまえば、謙虚に辛抱強く過ちを償う。
タイプ1のもうひとつの特色は、すべてのタイプの中でもっとも忍耐力があるという点だ。
どうすれば完壁になるかがわかれば、彼らは、そのために大きなエネルギーを投入するのだ。
善良さへの囚われは、裏返せば悪いことを避げたいという強迫観念を意味するので、意思決 定の際に大きな葛藤を生むことになる。
個人的な意思決定なら、自分の本当の願望と、正しくありたいという欲求による葛藤である。
正しい道を選べば自分の願望がかなえられないいら立ちを覚え、願望を果たす道を選べば、間違っていないか不安になる。
そして結果的に楽しい方を選ぶという選択はしない。
そうすることで、他者から見下される 心配や勤勉の美徳に背く心配が首をもたげるのだ。
心配が高じると、他人が陰で自分を批判しているという疑念に苦しむことになる。
特にビジネス上の意思決定の場合、完壁な確信はありえない。
しかしあやふやさを残した決 定によって、批判を受げることはタイプ1にとって耐え難い。
結果的にタイプ1は、八方ふさがりになり意思決定を可能な限り先送りしようとする。
その姿勢によって、決断力がないとい うイメージを周囲に与えてしまうのだ。

秘めた怒りによる弊害

タイプ1の「囚われ」の産物の中でもっとも厄介なのは、内に秘めた怒りだ。
しかも彼らは、心に溜め込んだ怒りが大きくなるまで気がつかない。
しかもタイプ1にとって、怒りを頻繁に表に出すことは悪である。
なぜなら簡単に怒る人間は完壁ではないからだ。彼らは、心にいらいらを抱えながら、冷静で温厚な表情を見せ続ける。
しかし押し込められる怒りの量には限界がある。
タイプ1が、耐え切れないほどの怒りを蓄えると、それを爆発させることになる。
その爆発の頻度は、年に数回という場合もあるし、一生に何回ということもある。
その多くは、他人の誤りを糾弾するという形をとる。
いわれのな い怒りを爆発させることは、正しいことではないから、怒るには正当な理由が必要なのだ。
しかし怒りを向けられた相手には、その理由がよく理解できないほど些細な理由の場合が多く、”なぜここまで言われなければならないんだろう ?”と思う。
配偶者との聞でこの怒りを爆発させる場合には、暴力的な衝動をともなうこともあり、実際に暴力を振るってしまうとタイプ1は深く傷つく。
また一部のタイプ1は、二重生活によって自己のバランスをとる。
タイプ1の心には、批判 者と自分の本当の欲求が二層構造で存在する。
通常は、この欲求は、批判者に抑え付けられているが、その抑圧から欲求が逃げ出してしまうケースがあるのだ。
この状態は、例えば、優秀で教育熱心な昼の顔と夜遊びにふける夜の顔をもっ教師や善良で聡明な妻と母の顔をもちながら、万引きをくり返す主婦など、奇妙な取り合わせを生む。
この二重生活によって、怒りを内にこもらせることから逃れているわけだ。
またあまりに強力な内なる批判者を眠らせるためにアルコールに依存することもある。
さらにそれすらも許さないほど抑圧感が強いタイプ1は、強迫神経症の症状を見せるに至る。

他者への不寛容さ

タイプ1は、社会や他人にも自分と同じ向上心や正確さ、倫理感を要求する。
しかし彼らの 期待するほどの完壁さは周囲にありえないから、しばしば落胆したり、憤慨したりすることになる。
自分の誤りと同様に他人の間違いを許すことは、非常に難しく、自分の見方と異なる意見を認めることにも抵抗を感じる。
こうした特性によって、タイプ1は並外れた批評力を身につけているのだ。
一方でタイプ1は、他者と自分の比較にも執着する。
その比較の精度は高いが、正しいことはひとつだと思っているため、もし他者の優位性が確認された場合は、イコール自分の劣等性を認めざるを得ないと考える。他者との比較の中で自分の不完全さを意識することは、嫉妬や 反感、怒りゃいら立ちの要因となる。

タイプ2

よりよい人間関係を築こうとする情熱

他人の必要を満たすことに一所懸命なタイプ2は、人に気に入られる自己演出を心得ており、相手の好むであろうと思うことをしようと心がけている。
彼らは、相手をいい気分にさせ、よい面を引き出し、能力を十二分に発揮させる才能がある。
タイプ2は、野心家をサポートす ることを好むので、難問に挑戦する際のパートナーとしては理想的だ。
彼らにとって、人間関係はもっとも重要なものであり、よい関係を保つためには、どのような自己犠牲もいとわない。同時にタイプ2は、争いやトラブルを起こしても、しこりを残さないという特技をもちあわせている。
仕事における達成感も、利益などの実質的な成果ではなく、自分が他者とうまく関われたか否かに焦点があてられる。
そして 汐私がいなければ、この仕事と実感することで幸福感を味わう。
通常は、人間関係に満足していれば、さしたる見返りがなくても、意欲的に仕事をこなす。
積極的に他人と交流をもち、他人の心をくつろがせるので、職場では優等生的な存在だ。
しかも他人の気をそらさず、順応性に富み、社交家的な面も備えている。
また心の温かさは、他に類を見ないほどで、他人の誕生日や祝い事の日取りなどをよく記憶しており、お祝いに時間を割くことをいとわない。
真心のこもったプレゼントを喜び、自分もそうした贈り物を用意しようとする。
子ども時代のタイプ2は、優しく愉快な子どもとして可愛がられてきた場合が多いが、大人たちが、自分のどこをかわいいと思っているかを把握ーする能力に長けていた。
子どものころから、愛情を引き寄せる術を訓練してきたのだ。
タイプ2の多くは、相手に意識を集中すれば表情や行動などに願望が表われなくても、相手の心の底の願望を知ることができ、相手の願望と一体化できる。
彼らは、他人が必要とするものに常に気を配り、それを話題にしたがる。
同情心に厚く、いつでも他者に心を聞き、争いを嫌う姿はまさに聖人のような慈愛に満ちている。
度を過ぎた親切心で、お節介焼きのレッテルを貼られることはあるが、その善良さは敬愛すべきものだ。

他者からの愛への無自覚な渇望

ただし他者の欲求を満たしているというプライドをもつことが、タイプ2の本来の目的ではない。
真に求めているのは、他者の愛情と好意を得ること、そして自分への他者の特別な理解だ。
特別な理解とは、この場合”目をかける”といったニュアンスだ。
彼らは、理解されるには、相手を助力しなければならないと信じている。
ところが彼らは、自分がどれだけ他人の愛情や理解を必要としているかに気づいていない。
これがタイプ2の「囚われ」だ。
与えることで安全を得てきたタイプ2が、他者に必要とされることにプライドを見出すようになると、自分の欲求に目を向けることをためらうようになる。
その欲求が、愛情を得るのに邪魔になるかもしれないからだ。
結果として、意識が外に向くように訓練され、愛情を確保することに執着し、自分の欲求を無視しようとする。
しかしタイプ2が、他人への助力を惜しまないのは、自分を受け容れてもらい、かつ感謝の気持ちを表わしてもらいたいという願望があるからだ。
だから自分の献身に対して、感謝が得られない場合の不満感は相当に大きい。
これは、感謝されたいという本当の願望が、他人に気に入られるためにつくったいくつもの自分と衝突した状態と表現できる。
最終的には相手にコントロールされ、利用されているという被害者の意識に陥り、自分から進んで行った献身でありながら、束縛から逃れたいと望むようになる。この内部矛盾にタイプ2は苦しむことになる。

多くの人間に合わせることで自分を失う

献身のエネルギーが相手に向かうので、合わせることに疲労し、人のために何かをし、興味のある顔をするのにへとへとになる。
その無意識の疲労が蓄積されると、人のために何もしたくないという、通常とまったく逆の状態に陥ることもある。
タイプ2が複雑な点は、いくつもの自己をもち、会う人に応じて、自分を変える点だ。
他人に自分の感情を合わせることで、気に入られようとするため、本当の自分がどのような人聞かわからなくなってしまう。
周囲の求めに意識が一体化するにつれ、自分の感情を忘れてしまうのだ。

これは”変身癖”と呼ぶこともできる。
相手に気に入られるために、日に何度も変身をくり返すうちに本当の自己が失われてしまうのである。
タイプ2自身が、他者をだましているような罪悪感を感じることもあるが、同時に、彼らは、相手に認められない可能性のある自分の側面は隠すのが愛情だという信念をもっている。
こうして他者の機嫌をとることに必死になることで自分の欲求を忘れてしまうのだ。
これも大いなる内部矛盾だ。
タイプ2は、他者に受け容れられ、賛同を得ることに執着している。
他者から拒絶されることは、もっとも不快なことだから相手に合わせる。
しかし相手に合わせれば、本当の自分を表面に出すことはできない。
結局、相手に受け容れられている自分は、本当の自分ではない。
タイプ2が、真に求めているのは、ありのままの自分が受け容れられることだが、その欲求は、自らの「囚われ」によって、満足させにくいのだ。
さらに複雑なことには、タイプ2は、自分の性格に関する多くの情報を与えて、相手に判断されることを恐れる。
”理解されたい”いう心と”判断されたくない”という願望のすれ違い現象が起こることになる。

他者を操ろうとする悪癖

また人にとり入る能力に長けたタイプ2の中には、その相手を操ろうとする傾向がある。
これは”見返り”を求める無意識の欲求の表われだ。
野心家のタイプ2は、付き合う価値があるか否かという視点で相手を見る。
”価値がある”人間には、その能力を発揮して巧みにとり入る。
タイプ2は、権力者への憧慣が強く、権力者が望ましいと思う姿に順応しようとするので、たとえリーダーになる資質に恵まれていても、通常は陰の権力者になりたがる。
彼らは、助けた権力者からの見返りを期待していることを認めないが、自分が献身する権力者が力を得ることで、身の安全を確保し、さらに自分もその権力の一翼を担おうとする。
ただしタイプ2は、権力と安全を得るだけでは満足せず、同時に愛情も求める。
このあくまでも心の紳を求める点が、他のタイプの野心家と異なるタイプ2の特性だ。

タイプ3

効率を愛し、成功のために情熱を傾ける

効率を重視しながら成功に向かって遁進するタイプ3は、自分の考えを効果的に表現する天 性の才があり、彼らが示す模範は、周囲を刺激し、大きな仕事をやり遂げるエネルギーを生む。
向学心や上昇志向が強く、くよくよせずにおもしろいものを探す能力を備えたその姿は、競争社会の価値観に溶け込んだ ”企業人の鑑”だ。
タイプ3と一緒にいると、計画や目標への情熱が伝染し、組織はおのずと活性化する。

タイプ3は「どうなればこの仕事は成功か」という基準を用意し、それを周囲にも明示する。
しかも細かいことを口うるさく言うのではなく、仕事への情熱を喚起するビジョンを述べる。
周囲は、彼の言葉を聞いているうちに、その仕事がとても魅力的なものと感じられるようになる。
組織を目標に向かわせるリーダーシップを、タイプ3は心得ているのだ。
タイプ3の子ども時代の思い出は、よい成績や聞きわけのよさなどほめられたという手柄話に満ちている。
こうした成功体験によって、自分の感情を放置し、大人たちの愛情を得ることに意識を集中するようになった。
認められるために努力を惜しまず、リーダー役を進んで引き 受け、勝つことをめざすことで、勝者だけが愛情を勝ち取れるという思い込みは、さらに成功によってのみ愛情が与えられると確信をもたらした。

彼らにとって重要なのは実績や能力であり、自分の感情ではない。
このワーカホリック的な価値観こそ、タイプ3の「囚われ」だ。
そしてこの「囚われ」ゆえに失敗を極度に恐れ、失敗する可能性のある仕事に関わろうとはしない。
人生に対する姿勢もすべからくプラス志向で、マイナス面には背を向けようとする。

自己暗示による有能さの演技

タイプ3にとって、陽の当たらないポジションは耐え難いものだが、たとえ不遇な場面でも、賞賛されるイメージを自己演出し、可能な限り成功者を演じようとする。
しかもその自己演出と演技によって、自分を成功者と信じ込む傾向がある。
この驚くべき自己暗示能力によって、自分の属する組織ごとに異なる理想的なキャラクターをカメレオンのように演じることができる。
例えば、サーファー仲間といるとき、タイプ3は、 生粋のサーファーを演じることができ、秀才グループの中に入れば、勤勉な秀才を演じることができる。
そして尊敬を集めることのできるイメージを、自分自身だと思い込むことすらある。
”有能なビジネスマン”といったイメージと自分自身が同一化してしまうことは、まさに無意識の自己欺臓と言える。
彼らは、尊敬されるイメージを演じて他人ばかりでなく自分をもだましてしまうのだ。
こうした能力によって、タイプ3は、楽観的で幸福な人間を演じる。
巨大な 試練にでも見舞われない限り、悩みなどのマイナス要素に目を向けないので、内面との語らいをすることはほとんどない。
タイプ3にとって重要なのは、何をおいても仕事だ。
仕事を見事に成し遂げるために全力を尽くす。
彼らが仕事に求めるのは、地位や収入といった外からの見返りだ。
仕事自体はたまら なく退屈でも、商品自体は価値の低いものでも、見返りの大きささえあれば、情熱を傾げることができる。
しかもセールスマンであれば、自分の販売している商品を価値の高いものと信じ、研究者であれば、自分の研究テーマを最高のものと信じる。
これもまた無意識の自己欺踊の所 産なのだ。

落ち込みの恐怖から生まれる過活動

タイプ3は、アイデアがあれば、すぐに実行に移す。
その行動力は、タイプ3のエネルギーの賜物だが、同時に抗欝剤でもある。
彼らが仕事に没頭し、常に動き回ろうとするのは、人生を振り返って、落ち込んだりしないための防御的行為でもあるのだ。
彼らのスケジュール表は、いつもいっぱいで、仕事以外の時聞にも、旅行やスポーツなどの活動の予定で埋められている。
何もしない時聞がぽっかり空くことは、彼らにとって、非常に不健全なことであるばかりか、 恐怖ですらあるのだ。
そして家庭生活などの内面的葛藤をともなう行為はおろそかにする。
多くは仕事人間とし て、家族や恋人に重きをおかないが、家族や恋人との時聞を確保するタイプ3でも、リラックスした時聞を共有するのではなく、スポーツや旅行などの活動をともにしようとする。
つまり 心の交流より、何をするかで愛情を表現しようとするのだ。彼らは、自分の生産性を低下させた くないために、葛藤をともなう恋愛や家庭生活より、スムーズで乳離のない恋愛や結婚を好む。
タイプ3が行動的であることの弊害のひとつは、思索や熟考によってのみ生まれうる創造性を軽視するという点だ。
彼らは、何よりも効率性を重んじる。
だから何時間かかっても、もしかすると何の成果もあがらないような創造活動に時間を割くことは苦手だ。

強くて傷つきやすいうぬぼれ

タイプ3は、うぬぼれが強い。
これは自分の実績や名誉という確かなものに裏打ちきれた自尊心だ。
しかし真のナルシストのようにどのような状況でも、微動だにしない自愛心と違い、実績や地位を失えば崩れ去る自尊心なので、努力を怠って、ステイタスを失うことを常広恐れている。
タイプ3が、失敗しそうな計画への参画を避け、勝算のある仕事に執着するのは、自尊心を喪失するという不安感から遠ざかろうとする行為でもある。
だから自分を失敗に導きそうな部下を嫌う。
最大の成功を収めるために効率性を重視するタイプ3は、能力の低い人間や思索型の非生産的な人聞は許しがたい。
部下とは、すべて自分を成功に導くための性能のよい道具であってほしいのだ。
またタイプ3は、仕事のために自分の私生活を犠牲にすると同様に周囲の人聞にも犠牲を求める傾向がある。
自分の構想通りに、組織が高効率で機能することが望ましいのだ。
タイプ3にとって、仕事を人生のほんの一部と考える者の気持ちを理解することは難しい。
一方、タイプ3は、仕事を失敗しても簡単には負けを認めない。
明らかな失敗を目の当たりにしても、それを部分的成功と見なし、詑弁を労したり、他者の責任にしたりする傾向がある。
また次の勝負の場があれば、前の失敗から簡単に立ち直り、次の成功をめざして遁進するという気分転換の早さを発揮する。
将来に明るい展望があれば、マイナス要素は無視できるのだ。
囚われたタイプ3を衝き動かすのは、理想的なイメージを演じたい願望だ。
注目を集める自分像を演じることに一所懸命になり、自分の内面を意識することから逃げているのだ。
したがって仕事の成果や周囲の評価が得られず、現実の自分と理想的なイメージとのギャップが、無視できないほど大きくなると非常な辛さを味わうことになる。

タイプ4

特別な存在であろうとする「囚われ」と自尊心の低さ

タイプ4は、上品な趣味と優雅さを見せ、その多くは、神秘性をも備えた魅力的な人柄で人の心をとらえる。
また象徴的な表現が巧みで、常に独創的であろうとする姿勢は、他者にも好ましい刺激を与える。
タイプ4のもつ美意識や高尚な趣味、優雅さは、他者の憧れの対象となり、周囲の雰囲気を気品のあるものにする。
タイプ4の「囚われ」は、平凡さを避けることだ。
自分を特別な人間だと思っているので、自らの人生を語るときも、自分がいかに特別な存在であるかを示そうとする。
また他者からユニークさを指摘されることを何よりも喜ぶ。
「私は、他人より物事をわきまえている」と考え、友人との交流の中でも何となく優越的でお高くとまった印象を与える。
また自分を周囲から理解されにくい人間だと思っているので、他人をひきつけておいて、自分の内面まで入り込むことを拒否したりする。
この他者に対する優越的な姿勢や、理解されにくい存在という思いの背景には、子ども時代に親から見捨てられるといった悲劇の記憶があり、他人には理解できない苦しみや孤独感を経験しているという思い込みがある。
この“見捨てられた記憶”は、なんらかの事情で親戚の家に一晩だけ預けられたとか、雑踏の中で迷子になりそうになったといった、他の対応なら”見捨てられた”とは考えないようなありふれた体験である場合が多い。
また優越感や特異性への「囚われ」は、実はコンプレックスの裏返しでもある。
自分を小さい存在であると自覚しているタイプ4は、自尊心が低い。
よい趣味やドラマチックなイメージづくり、芸術的な表現は、自尊心を回復するための切実な努力なのだ。
ちょっとしたつまずきによって、彼らは、喪失感や自尊心の低下に陥り、引きこもりの状態になる。
だからそうした 危険性を常に意識し、人生と安全距離を保とうとする。
一方、自分の自尊心を傷つげた相手を自分の意識の中でスパッと切り捨てる。
ただし相手を無視したり、悪口を言ったり、制裁を加えるのではなく、まるで何事もなかったかのように付き合いながら、存在の価値を無視するのだ。
これは、相手を亡きものにしながら、その墓前に花を手向けるようすに例えることができる。
こうした行為もタイプ4の自尊心の低さの所産であり、自尊心を守ろうとする願望の表われと言える。

感動への渇望と欝状態への指向性

常に悩みを抱いて生きてきたタイプ4は、苦悩する人々と適切に接することができ、同情心に厚く、他人の感情の機微を的確に把握する。
彼らは、悩みを抱えた人間への助力を好み、相手が元気になるまで辛抱強く支える。
タイプ4は、常に感動することを渇望しており、喜怒哀楽、いずれの感情にしても強烈に意識されるとき、生きている実感を味わうことができる。
また生や死、性、心理の暗部などに深い興味をもち、そうした激しいテーマと対峠する人聞に魅力を感じる。
一方で社交的で軽やかな交際といった深い部分でのつながりが期待できない付き合いを好まない。
一方、タイプ4は、頻繁に欝状態になり、”あのときああしていれば・・・”と過去の過ちを悔い、自分の殻に閉じこもる。
ただし鬱という暗い感情を忌み嫌うのではなく、心のひとつの状態として素直に受け容れ、理解している。
中には過剰に活発になることで、欝状態を跳ね返そうとするタイプ4もいるが、多くは、欝状態を味わおうとする。
彼らにとって、欝な状態こそが、人間の暗部を探索するチャンスなのだ。
欝状態を、喪失感や苦悩が生み出すストレスからの逃げ場所と受げ止めるタイプ4も多い。

現実に満足せず飽くなき追求を続ける

タイプ4は、どのような状況にあっても、本当の人生は、これから訪れると信じている。
たとえ多くの成果をあげ、功を成しても、彼らの意識は生活の欠落部分、不足部分に向かい、現実に満足するということがない。
やりがいのある仕事を得れば、第一人者になりたくなり、第一人者になれば、愛情が欲しくなり、愛情を得れば、孤独を求めるようになる。
現実をありのままに受け止めることが苦手で、ありのままの現実を退屈で無価値なものと考える傾向がある。
その退屈で無価値な現実を肯定するには、感情の浮き沈みという変化が必要だ。
よくも悪くも感情の起伏を感じると、単なる快適感や幸福感よりずっと豊かな、生きている実感を味わえ、自らのユニークさを確認できるのだ。
そのイメージは、あたかも劇場で演じる主演俳優のような感じだ。
たとえ苦悩に満ちた役柄を演じていても、平凡な人生に落ち着き、自らの特異性に不安を抱くよりはるかに幸福なのだ。
一方、こうした人生の欠乏感は、自分の求めるものを獲得している者への嫉妬を生む。
心の理由は、自分が望めない満足感を他者が味わっているという思い込みだ。
この嫉妬心は、失ったものを獲得するエネルギーの源でもある。
耐え切れない嫉妬によってタイプ4は、障害にもめげずに突き進む力を得て、多大なエネルギーと時聞をつぎ込んで、求めるものを手に入れようとする。
ただし求めたものが得られたとき、その欠点ばかりが目につき、関心は他のか手に入らないものに移る。
この嫉妬と達成感の飽くなき循環は、タイプ4の独創性の源泉でもあるわけだ。
彼らは、自然のままに感じ、ありのままの自分を表現することに憧れているが、同時に自分が演技者であることも自覚している。
多くの場合、人前で振る舞う前に彼らはリハーサルを行う。
そして自分の感情を誇張して表現する傾向がある。
それは、日常の中でいかに感動を演出できるか、そしていかに自分がユニークで特別な人間であるかを誇示する姿勢でもある。

失ったものを探すためのさまざまな葛藤

タイプ4は、その状態から三つのタイプに分けることができる。
通常落ち込んでいるタイプと通常活動過多なタイプ、そして常に両極端の聞を行き来しているタイプだ。
どのタイプも、奪われてしまった大切なものを探して、取り戻そうとしている点で共通しているが、探す方向はまったく異なる。
通常落ち込んでいるタイプ4は、自分の内面に失った何かを探そうとして内にこもる。
また活動過多なタイプは、落ち込みとは無縁なポーズをとり、仕事や愛情生活をこなす。
彼らは、自分の周辺にある幸福そうな行為の中に、自分の求めるものがあるのではないかと探索しているのだ。
そして落ち込みと活動過多の聞で揺れるタイプ4は、極端な感情の聞を行き来する中で、そのどこかに求めるものが探せることを期待している。
彼らは、悲劇の主人公を演じ続けることで、激しさ、ドラマチックさを味わう自己破滅型のキャラクターを示す。

いずれのタイプも、通常は苦悩の中にいる。そして常に”元全な満足感”を求めている。
経験できるのは、この両極端の感情であり、中間の幸福感や中庸の満足感を経験することは少ない。
直観の強いタイプ4は、人の気持ちに同調する能力に長けている。
知らず知らずに他者の感情に同調してしまうと、その気分が相手のものなのか自分のものなのかすらわからなくなってしまうほどだ。
そこで同僚や家族の気持ちを、正確に感知できる。
この共鳴の能力を活用できれば、愛情を見せるべきタイミングや腹を割って話しても安全なタイミングを的確に知ることができるようになる。
タイプ4は、生活のための仕事とロマンを満足させる仕事を同時にもっているケースが多い。
彼らは、物質的な生活だけでは満足を得られないことをよく知っている。
物質世界の裏にあるか別の世界々をいつも意識しているのだ。
その“別の世界”理想主義の世界かもしれないし、霊的な世界かもしれない。
だから彼らは、ロマンチックなものや不思議なものにひかれる。
タイプ4の感性が研ぎ澄まされると、現実を超えたその”別の世界”をかいま見ることになる。
すると彼らは、求めていた何かにふれている実感を味わう。

タイプ5

知的で冷静な観察者

タイプ5は、自分の感情と適切な距離をとる才能があるので、常に冷静に思考することができる。
プレッシャーがかかっても思考が鈍ることが少なく、的確な意思決定が可能だ。
理解力にも優れ、他者の言葉の裏の意味やさまざまな出来事の真相を洞察することができる。
また言葉だけではなく、しぐさや表情などの非言語的な愛情表現を巧みに行うという特技もタイプ5の魅力だ。
また責任感があり、自分の職務を遂行し、自分の領分をわきまえている。他者の領分を侵すことなく、それでいて適切な助言を行う。
他人を裁いたり、批判したりすることを好まず、相手の過ちをも穏やかに指摘する柔和さをもつ。
これも思慮深さの賜物といえる。
その一方で、外見の物静かさに似合わぬユーモアのセンスを発揮し、周囲を和ませるウィットを心得ている。
タイプ5は、空虚さを避けるという「囚われ」をもっている。
そして周囲の人々は、みな浅薄だと、自分の空虚さの原因を他者のせいにする悪い癖がある。
この思い込みゆえに彼らは、他者から遠ざかり、現実を自分の目で観察し、独自の意味づけ、体系づけをしようとする。

孤独を好み、感情から距離をおく

タイプ5にとって、周囲の人々に自分の判断力や思考力が乱されることはよい状況ではなく、他者の前で本当の自分をさらすことは苦手なので、孤独な時間を好む。
外の世界は、侵略的で危険なのだ。
彼らにとって、プライバシーを侵されるのは、もっとも不快なことだ。
孤独な時間に空想を楽しみ、物事を整理して自分の本当の気持ちを探すことを好む。
しかし彼らの多くは、決して人間嫌いなわけではない。
人と会っているときより、後でひとりで他者との会話や出来事を反第するほうが、人を身近に感じるのだ。
タイプ5は、人間関係を続けるのに多くの接触を必要としない。
短時間の接触の後のひとりの時聞に、相手への感情が湧き上がり、情感や趣を味わうのだ。
子ども時代のタイプ5は、家族にあまりに構われないさみしさか、過干渉のためのわずらわしさを感じ、感情的な渇望感や動揺が重荷になった経験がある。
そこで感情的なものから遠ざかろうとした。彼らにとって遠ざかるもっともよい方法は、自分の気持ちと直接向かい合わないことだ。
こうした姿勢を貫くことで、しだいに自分の心をこじ開けようとする人に接しても動揺しないですむようになる。
こうしてタイプ5は、対人関係において、次のような非常に特殊な習性を身に付けるようになった。
まず消極性と孤独癖である。
好ましくない状況を好転させようとするとき、相手に窓意的な行動を起こし、相手を変えるのではなく、自分自身が、反応することをやめる。
しかし反応を停止させているのは、相手と接している最中だけである。
彼らは、そこで得た情報を家にもち帰り、ひとりになってから整理するのだ。
また感情のしがらみに巻き込まれないために欲しがったり、期待しないことが賢明だと考えている。
ただし彼らは、自分が感情を切り離しているとは自覚していない。
まわりから「感情の起伏が乏しい」などと言われると心外さを感じる。
感情から距離を置く彼らの特性は、それほど無自覚なものなのだ。
周囲から見ると、タイプ5は、さみしそうで、社会から孤立しているように見えるが、彼らが、もっとも生き生きするのはひとりでいるときだ。
プライベートな時聞に彼らの頭は、楽しい空想や興味のあるテーマで満たされる。
極度な孤独状態でない限り、さみしさや落ち込みとは無縁で、ひとりでいて退屈することはない。
彼らは、たったひとりで自分の興味を持続できる才能をもっているのだ。

頭ですべてを理解することで自立を表現する

彼らの自立は、他者と深く関わらないことで守られる。
人前に出なければならない立場にあるタイプ5は、多くの友人との広く、浅い交際をしようとする傾向がある。
しかも彼らは、生活のさまざまな部分にそれぞれの友人や趣味をもとうとする。
生活に別々のコンバートメントをもつことは、プライバシーであり、オープンな交渉によって自分をさらけ出さないための知恵だ。
ただし、わずかな接触で多くの情報を得ることのできるタイプ5にとっては、そうした浅い交流の中でも十分機微を感じることができるのだ。
彼らは、自分の心情を打ち明げるような会話より、共通の趣味や興味あるテーマを話題にしたり、自分以外の人聞を話題の中心に据えることを好む。
そしてアドバイザーやコメンテイターという”傍観者”に徹しようとするのだ。
こうした面が強調されると、タイプ5は社交的な存在に映る。
またタイプ5は、複雑すぎる人間性を整然と整える心理学や占星術などを学ぶことを好む傾向がある。
エニアグラムに対する興味もタイプ5は強い。
彼らは、他者と深く関わり、混沌を楽しむより、感情の綾をクリアに頭で理解したがるのだ。
人間の感情を頭で理解できれば、それに巻き込まれずに、人間の内面について気軽に語れるようになる。
これはタイプ5が見出した個人的な関わりからの回避方法である。

人や物でなく知識に執着

タイプ5は、ことに当たる前に、すべての情報を仕入れて、何が起こっても対応できるように準備しようとする。
予期せぬことが起こると、タイプ5はパニックを起こし、感情と直面せ ざるを得なくなる。
これは彼らにとって恐ろしいことだ。事前に予測し、シミュレーションを行っておけば、ことに望んでも比較的冷静でいられる。
会議などで何を話し合うか、何時間話し合うかを知ることはタイプ5にとって非常に重要なことだ。
テーマと時間という枠を事前に知り、準備しておりば、彼らは、自分を情熱的に表現することができる。
この意味でもタイプ5は、社交的な人聞に思われる要素をもっている。
ただしそれは、彼らが、脚本を書き、それに則して演じているからにほかならない。
タイプ5は、ポーズをとることで、自分の殻から出ずに他人と関わることを好むのだ。
また自立心の強さもタイプ5の特色だ。
彼らは他者の好意を得ようとせず、自由なポジションを好み、特に経済的な自立を志す。
その第一の理由は、空虚さへの恐怖だ。
物を所有したい 気持ちに囚われると、その欲求によって内なる空虚さが強まるとタイプ5は考えるのだ。
だから彼らの自立は、金銭欲、物質欲の希薄な”清貧の思想”の上に成り立つ自立なのだ。
そして第二の理由は、他者に依存することによって、内面への侵入を許し、心を乱されることを嫌うことだ。
こうした姿勢によってタイプ5は、一般に倹約家でややケチな印象を与える。
金銭は、プライバシーやよい環境、自由な時間などを手に入れる手段であり、それ以上の出費は、好ましくない。
その代わり、知的な活動には、時間も労力も惜しまない。
彼らが、もっとも執着するのは、人や物ではなく知識だ。
彼らの「囚われ」である空虚さを埋めてくれるのは知識なのだ。
これは、先を見通したい願望や人間性の体系化に興味をもつことにも通じ、彼らの観察力の鋭さの原動力でもある。

タイプ6

権力への不信感から生まれるこ面性

タイプ6は、自らの使命と他者への責任のためには、自己犠牲をいとわず、自の前の成功や名声にあまり執着しないため、見返りすら期待せずに努力を重ねることができる。
納得のいく主義主張やすばらしいと感じられる理想に忠実で、それを貫くためなら全力を尽くす。
その上、他者の心の奥への鋭い洞察力を備えており、弱者の立場に共感する能力があるので、好ましい環境にいるとき、タイプ6は、心優しく、情け深く、面倒見がよい。
信頼できる味方がいれば、たとえ分が非常に悪くても、自分にとって価値があると思える勝負に賭ける勇気をもっている。

しかしタイプ6は、権力への不信感に囚われ、内面に恐怖感を秘めている。
そしてそこから逃れたいという安全に対する欲求をもっている。
しかしタイプ6が、その「囚われ」によって見せるキャラクターは、恐怖症型と恐怖対抗型というこつのまったく異なった様相を呈する。

恐怖症型の場合は、疑い深く、外見的にもおびえているように見える。
さまざまな局面で迷い、行動の代わりに分析を試みる。
矛盾や疑念といった否定的な要素に敏感なために、頭ではいろいろなことを考えるが、自分から行動することが苦手だ。
恐怖症型は、安心を得るために 強い権力者を求め、彼に忠実であろうとする傾向がある。
一方の恐怖対抗型のタイプ6は、恐怖を克服するために、恐れにあえて立ち向かうことで安全を得ようとする。
彼らは、例えば、暴力的な脅威への恐怖にさいなまれ、格闘技を習い、向かうところ敵なしのファイターになってしまうようなタイプだ。
彼らは、弱者や困っている人の主張に傾倒しやすく、旗色の悪い闘いに自ら進んで臨む傾向がある。
彼らもまた忠誠心に厚いが、重要なのは、強い弱いではなく、敵か味方かである。
いったん敵味方がはっきりすれば、彼らは、味方に忠誠心を尽くす。
恐怖症型と恐怖対抗型は、まったく異なる人間性に見えるが、行動の動機となるのが恐怖であり、安全を求めることを目的としている点では共通している。
しかも恐怖症型と恐怖対抗型の両面は、同じ人聞に現われる。
タイプ6が恐怖症型と恐怖対抗型に分類されるわけではなく、同一人物が紙の裏表のように両面をもっているのだ。
この点でタイプ6は、外から見える言動だけでは把握しきれない複雑な人間性を秘めていると言える。

他者の心情を読む鋭い洞察力と公正さへのこだわり

タイプ6は、子どもへの接し方にムラがあったり、正当な理由もなしに叱ったりする”信頼できない”親に育てられたという記憶をもっていることが多い。
そのため彼らは、親の行動を読む必要性を感じた。
育てる側に一貫性がないので、しっかりと観察して、脅威を事前に察知しなければならない。
そこでタイプ6は、他者の心情を読む能力を身に付けたのだ。と同時に 他者の真意への疑いを常に抱くようになった。
タイプ6は、強い者への不信感を抱き、その結果、弱くて臆病な自分を守ってくれる権力者 への依存心と自分の弱みにつけ込む不当な権力者への反抗心の両者を兼ね備えるに至った。
企業など自分を保護してくれる組織にリードしてもらい、そうした強い保護者に忠誠や従順を誓おうとする姿勢と権力が往々にしてもつ不当性への警戒と反発の姿勢は、”権力への不信感”という「囚われ」の表裏なのだ。
彼らが、ひとつの権力を正当と考えるか、不当と考えるかの決め手は、公平か否か、方向性が正しいか否かにある。
正当ならば彼らは、恐怖症型の面を発揮し、忠誠を尽くし、不当ならば恐怖対抗型の面を発揮して対決しようとする。
強い権力者の代表例は、国家などの公的機関や大企業だ。
タイプ6の多くは、恐怖症型の面に依拠して役所や大企業で忠実なスタッフとして働く。
ただし権力者が、不当性を表面に出せば、彼は、サボタージュという形で反抗することが多い。
一方、恐怖対抗型の面が発揮されれば、自営業などに就くことが多く、さらに労働組合の活動や市民運動などで活躍するケースもある。
タイプ6には、自分がした約束はすべて守らねばならないという確信があり、一度約束すると現状の変化にかかわらず、その約束に固執する傾向がある。
タイプ6にとって、もっとも重視すべき約束は”法”である。
この法に従うことへの固執によって、融通の利かない官僚的なイメージを周囲に与えることになりがちだ。
またタイプ6は、表面的なイメージや演出の裏を見透かすことができると考えている。
利用されることを恐れるため、褒め言葉によって取り込まれることを警戒している。
特に優しい相手には警戒心が強く、相手をじっくり観察して心を読もうとする。
そして心情やことの成り行きの矛盾点を巧みに指摘する。

自らの内面より他者に意識が向かう傾向と先送りの傾向

他者の内面を洞察する能力をもつ一方、タイプ6は、自分の内面を把握することが苦手だ。
彼らの意識は、常に外部に向かっている。
脅威を感じると、タイプ6の意識は、より一層外を向く。
だから彼らは、自分の抱く脅威の原因を他人の悪意のせいにするのだ。
また自分の思いを周囲に向けて表現することがタイプ6は苦手で、どうしても表現しなければならない場面になると、その物言いは非論理的で攻撃的なものになりやすい。
こうした問題点から、タイプ6は、自己表現によって人間関係が壊れるということを警戒している。
そこで通常は、反発を感じている相手にでも、表面的には穏やかに接し、まるで全面的に従っているような態度をとりがちだ。
一方、タイプ6は、自分の意思で行動するのが怖いため、行動力や物事をなし遂げる力に欠げていることが多い。
例えば、ひとつのアイデアを実行したいと思ったとき、彼らの内面には、名案という考えと疑問視する考えが生まれ、考えるばかりで実行に至らない。
彼らは「だが、しかし・・・」という自問自答をくり返し、結局物事を先送りすることになる。
なぜなら彼らは、失敗する危険性が確信できる上に成功した場合に生まれる”嫉妬心や悪意にさらされる危険性”までリアルに思い描くからだ。
ただしタイプ6自身は、これを先送りだとは思っていない。
彼らにとって、それは、当然の準備行動なのだ。
物事をスタートするには、すべての権威の意見とその反論を慎重に検討しなければならないと考えるのだ。
周囲から見れば、彼らは、考えすぎだが、彼ら自身は、反対意見に対抗するために理論的に正しくありたいと願っているのだ。
タイプ6は、行動することより、明断な分析の方が強い武器だと信じている。
当然、彼らの手がける仕事の進行は遅れ、結果的にプランが中断されることも少なくない。

旺盛な想像力で社会をネガティブな側面から見ょうとする

こうしたタイプ6の傾向は、彼らの想像力の高きを示している。
しかしそれは、多分に被害妄想的社会観に起因した想像力だ。
タイプ6は、この悪しき想像力によって最悪の結果を常に想定している。
プラス面を見ていない自分に気づかずに、”最悪の事態が発生するのはこれからだ”と確信する。
彼らにとってポジティブな面にばかり目を向けることは、子どもっぽくて非 現実的に映る。
もちろん楽観だけで、現実を把握することはできないから、タイプ6のこの性向は、社会を健全に保つための重要な要素ではある。
最悪を想像することを好む悲観論者が、楽しさを味わうのは難しい。
タイプ6は、計画段階では、幸せな未来を描くことを好むが、いざとなると、娯楽や楽しみを受け容れることに抵抗を示す。
楽しみは、苦しさの後にしか味わうべきではないという信条をタイプ6の多くがもっている。

この被害妄想的な傾向は、特に恐怖症型に強いが、わざと危険を選ぶ恐怖対抗型も最悪の想像に悩まされやすい。
彼らが行動を起こすのは、”恐怖に立ち向かった方がましだ”というレベルまで恐怖心が高まったときなのだ。
壁に追いつめられ、危険と向き合わざるをえなくなると彼らは攻撃的になる。
さらに意外なことに彼らは、自分が世間一般より怖がりだとは思っていない。
彼らにとって不安や恐怖は、慢性的なものだからだ。
彼らが、自分の感じていた恐怖に気づくのは、その恐怖が消えてからのことが多い。

タイプ7

楽しさを見出す才能と苦しみを避ける「囚われ」

創造性への熱意と進取の気性を備えたタイプ7は、職場においてアイデアマンやネットワーカーとして活躍する。
彼らには、物事すべての肯定的な面に目を向けようとする姿勢があるので、新たなプランを提示して、周囲の意欲を高め、よいムードを醸し出しながら仕事をスタートすることができる。
またタイプ7は、人生の中に多くの楽しみを発見する能力をもっている。
彼らは、苦悩のさなかにあっても、明るい面を見ることができる。
いつも楽しきゃおもしろさを追い求め、楽しささえ感じられれば、何の見返りがなくても物事に情熱を傾けることができる。
精神状態さえよければ、出会う人は誰でも好きになり、誰をも幸福にしたいと思う傾向がある。
また論理性にも長け、ひとつの法則から新しい概念を構築したり、対立する概念の共通点を見出したりする能力がある。
しばしば彼らは、この論理性を活用して独創的なアイデアを生み出すのだ。
しかしこうしたタイプ7の長所は、苦しみを避け、おもしろいことだけをしていたいという「囚われ」の産物とも言える。

多くの計画を抱え込み、苦しさから逃避する

タイプ7は、仕事でも私生活でも多くの楽しい計画をもっている。
そして多くの計画を同時 進行することを好み、ひとつのことに専念することを嫌う。
その第一の理由は、ひとつのことに専念した場合、それから興味を失うと楽しみがなくなるからだ。
タイプ7にとって、自分の周辺に楽しいことがなくなる状態を万が一にもつくりたくないのだ。
多くの楽しさを確保しておけば、失敗を恐れて、立ち止まる必要性などないと彼らは考える。
ひとつの経験をじっくり味わい、満足してしまうより、最高のものを少しずつかじり続けたいと願っているわけだ。
そして第二の理由は、ひとつのことに意識を集中することで自分の能力のなさを知ってしまう危険性を避げたいと考えている。
タイプ7は、強烈なナルシストで、自分の優秀さを確信している。
だから優秀でない自分は知りたくない。
多くのものをつまみ食いしているうちは、能力のなさを思い知らされることはないが、ひとつのことに専念すれば、ひどい挫折感を味わうこともありうるのだ。
そうしたつまみ食いの対象は一見ばらばらに見えるが、タイプ7自身にとっては、それらは、互いに連関性をもっている。
楽しいことをたくさんかけ持ちしていれば、エネルギーが枯渇することはまれだが、あまりに多くのことに首を突っ込みすぎて、へとへとに疲れてしまう経験もタイプ7はしている。
毎日は可能性に満ちているから、彼らは、落ち込みとは無縁だ。
大切なのはいつも張りのある気分でいること、そして疲れたり、強制を感じたり、退屈したりする前に別のことを始めることだ。
タイプ7は、三つ四つの仕事をかけもちするのを好み、楽しければいつまででも仕事をしていられる。
彼らは、自分の周囲の魅力的なものは、皆抱え込み、豊富な選択肢を用意する。
タイプ7にとって、何かにずっと打ち込むことは、無限の将来性を閉じる恐ろしい選択肢なのだ。
しかもタイプ7が求めているのは過度の刺激だ。
彼らは、興奮することへの飢えを感じ、間冒険や知的刺激を好む。
この性質は、タイプ7の知的興味やクリエイティブな探求心の原動力だが、強い刺激を求めること自体の主な目的は”苦しさからの逃避”である。
彼らは、楽しいことに触れることで辛さから逃避できるのだ。
これは多くの場合、長所ととらえられるが、簡単に逃避できることは、辛さや苦悩から多くのことを学ぶことができないということを意味している。

他者の感情を顧みず、すてきな自分を追求する

またタイプ7には、薄情なところがある。
ある人間と一緒にいても、彼らの関心は、その人間ではなく、”自分と過ごす楽しい時問”にある。
彼らにとって好ましいのは、多くの人と楽しみを分かち合うことであり、ひとりの人間と深く関わることではない。
しかし楽しい時間を過ごしたいというタイプ7の熱意を相手は、自分への特別な感情だと考える。
相手に過度の期待をさせてしまうのだ。
そこでタイプ7は”移り気””ウソつき”といったレッテルを貼られやすい。

彼らは、非常にエネルギッシュで、いつも競争に参加して勝ちたいと考えている。
タイプ7には、比較癖があり、「私は何番目にいるのだろう」と常に自問自答している。
この比較癖は、 彼らの向上心の源泉でもあり、客観視の能力を高めている。
しかしその答えは「一番目」になりがちでもある。
ただしタイプ7が、競争したいと思うのは、あくまでも楽しい事柄だ。
また勝って、権力をもちたいとは思わない。
ただ周囲から”すてきな人”と思われたいのだ。
逆に責任のある立場になることで、生活の中で味わうべきたくさんの楽しいことを犠牲にしたくはない。
昇進によって時聞が拘束されたり、多くの人との対立を余儀なくされる危険性を感じると、彼らの上昇志向は急激に減退する。

強烈な自己愛と楽観主義

またナルシストのタイプ7は、”自分は全能である”と思いたがっている。
「この道三十年」といったプロフェッショナリティより「仕事も、友人との交際も、料理をつくることも、絵を描くこともできる。私には何だってできる」とオー ルマイティさを誇りたいのだ。
彼らは”人々は、それぞれひとつずつしか独創的な能力をもっていないが、私はすべてを手に入れるだろう”と信じている。
しかもそのために苦行をする必要はない。自分の未来には、多くの可能性が聞けているのだから、全力投球をする必要はないのだ。
こうした大いなる自信を確かなものにするために、タイプ7は、自分の価値を評価してくれる人聞を求めている。
そして自分のすばらしさが理解されない場合、彼らは、拒絶されたのは自分のせいではないと自己正当化する。
たとえ悪いことがあっても、他に楽しみはたくさんあるから、ひとつの悪い結果はたいしたことではないと考えるのだ。
その背景には、強烈な楽観主義がある。
彼らの子ども時代は、楽しい思い出に満たされている。
よくない思い出には、無意識にふたをしているのだ。
悲しいことや辛いことには、不自然なほどに目を向けようとしない。
そうした意識の蓄積によって、自分の人生は、常にうまくい くものだと確信している。
タイプ7は、将来のいつか、究極的な満足に到達するだろうと信じている。
こうした性向をもっタイプ7の周囲で嫌なことばかり起こったり、クレームばかりを浴びると、その姿勢は、楽観主義や明るさとは無縁な方向に向かう。
自分が”嫌だ”と思うことをストレートに表現し、周囲を批判的に見るようになり、他者の問題点にばかり目が行くようになる。
日常で頻繁に遭遇する小さな苦痛や批判を直視してこなかったタイプ7が、逆境に押し込められると、それを好転させる術を見つけるのは難しい。
この楽観主義がもたらす積極思考は、タイプ7の独創性の源泉であり、閉塞を打破する力を生む。
しかし苦しみに対峠せず、悪い結果を想定できないという点はタイプ7の最大の弱点でもあるのだ。

タイプ8

力と支配に対する「囚われ」と弱さを隠そうとするこだわり

タイプ8は、いつも他人と対決する心構えができており、他人の不正や偽善を暴露することを自分の使命だと考える非常に強い人間だ。保身的な態度を嫌う、正直であげつぴろげな性格は、誰とでも本音の付き合いを可能にする。障害にひるむことなく、責任を全うしようとする頼りがいのあるリーダーシップを発揮する。周囲の人間のそれぞれの立場を明確にすることに長け、信頼に足る人聞に対しては、時間やエネルギーを惜しまず、並外れたスタミナを発揮する。
タイプ8にとっての「囚われ」は力と支配であり、自分の弱さを隠すことにこだわっている。自分で場を仕切りたいというリーダー志向が強く、他者を自分の意見に従わせることに安心感 を覚える傾向がある。彼らは、自分を保護者と自覚し、自分の身体を張って、弱者を守り、不 公平さと闘い続ける。この力への憧れは、大きなことをなし遂げる際にタイプ8のパワーの源になっている。
タイプ8の子ども時代には、闘争的な思い出が多い。
強者が尊敬され、弱者が軽蔑される価値観を早くから自覚しており、自分自身が強者でないという不安感から護身の方法を学び、他者の悪意への敏感さを育てた。
彼らにとって人生は、力の闘いであり、自分が、ボスの座に就きたいと考えている。
彼らにとって領土は最大の関心事で、自分の生活に影響を及ぽしうるものすべてに対して、支配権を維持しようとする。
周囲の人間の見せかけや不正に注意を払い、それを暴露することが自分の使命だと考えている。
タイプ8は、常に他者の権力の操作や主導権の主張に目を光らせている。
偉そうにしている者は、誰でも引きずり落としてやりたいというのが、彼らの偽らざる願望だ。
他者に左右されることを嫌い、周囲が自分の生活に及ぽす影響を最小限にしたいと考え、それを予測したいと願っている。
そのため周囲の人間のすべてを知り、できるだけ未知の要素を排除しようとする。

ケンカによって自らの願望を遂げようとする癖

タイプ8は、優しい感情を表わすことが苦手で、しばしば他者を怖がらせる。
好意を抱いている相手にも、優しさを表現するのではなく、守るという行為で感情表現を行おうとする。
愛情とは、責任に裏付けされたものでなくてはならず、相手を保護し、安全を確保することが彼らにとっての愛なのだ。
自分以外の人聞は、弱く、だまされやすい存在だという彼らの認識が、こうした姿勢を支えている。
タイプ8は、頻繁に他者と対立するが、その中には、愛情表現としてのケンカも多い。
彼らは、ケンカをしながら相手の本心を探ろうとする。
真実はケンカによって表面化すると考えるタイプ8にとって、友人とケンカをすることは、親しくなりたいという意思表示なのだ。
またタイプ8は、公平なケンカを尊重し、攻撃されても意見を曲げない人聞に共感し、反対に対立を避けて妥協しようとする者を軽蔑する。
彼らにとって、ケンカは楽しみであり、簡単に勝つより、手応えのある敵と闘うことを好む。
強敵に立ち向かうと、集中したパワーを感じることができるのだ。
怒りのエネルギーは、真相に近づくための力であり、仕事をやり遂げる必須アイテムなのだ。
タイプ8にとって公正なケンカに勝ち負けはない。
勝てば相手への主導権を得ることができるのだから、非常にうれしいが、たとえ負けても、相手が公正で、強い相手であると確認できるのだから、その相手は尊敬に値するのだ。

不正や卑劣さへの強烈な敵意と正義へのこだわり

タイプ8の権力への観察力は鋭い。
権力に関心を抱くのは、権力によって自分が不正の片棒を担ぐことになるのではないかという危慎があるからだ。
新たな組織に入ると、まず誰がどのような権限、権力をもっているかを瞬時に嘆ぎ取る。
そしてその人物は公平かを判断し、公平さや能力を試そうとする。
通常、相手の力を試したいときには、相手の弱点を押し、その反応を観察する。
ことに他者の弱点を素早く見抜く才能をもっており、戦うときは、その弱点を攻撃しようとする。
暖昧さや一貫性のなさ、命令系統の不明確さにタイプ8は敏感だ。タイプ8は「白か黒か」というスタンスを好む。
彼らにとって、暖昧で一貫性のない人間や命令系統の不明確な組織は、自分の安全を脅かし、それ自体が脆弱さの表われであり、我慢がならない。
逆にたとえケンカの相手でも、その姿勢に妥協がなく一貫性があれば、敬意を表する。
尊敬する相手でも、妥協 的な態度をとれば、たちまち敬意を失ってしまう。
なぜなら、黒でも白でもない状況は、不確かだからである。
自分がリードして状況を支配し、それに周囲が従うことに安心感を覚えるタイプ8は、他者の与えたルールを破ることがしばしばある。
彼らは、ルールを自分が破ることで、自分の力強さを確認したがっているのだ。
自分の行動を制約されることを嫌い、ルールを設ける権利と破る権利のどちらも欲しがるという欲張りさの表われだ。
正しい行動を他者に要求するかと思うと、ルール違反を好んでするような、矛盾した態度をとるのだ。
タイプ8は、その威圧的な態度と裏腹に小さなミスに敏感だ。
彼らは、些細なことを見過ごすことで、事態が最悪のものになることを恐れている。
小さなミスの多くは、不意に発覚する。
何でも予測していたいタイプ8が、小さなミスに腹を立てるのは、それが不意打ちだからである。
しかし怒られる方は、そこまで立腹する理由が理解できずに困惑することになる。

自分の心の願望を自覚しようとしない「囚われ」

タイプ8の言動はあけっぴろげで、自分が何を望んでいるかを、ためらうことなく告げるが、自分の真の願望を表現するのは意外と苦手だ。
彼らは、自分の内面に目を向けたくないのだ。外を見つめ続け、正義の執行人として、責めるべき相手を探しているのは、内面を見つめ、他者と同様の卑怯さや弱さなどの脆弱さに気づかないためだ。
だから彼らは、自分の見方を疑問視しようとしない。
自分の意見を吟味したり、自分の真意を詮索したりしても、態度が弱腰になるだけだと考えるのだ。
彼らは、常に怒りの対象を探しているように見える。
なぜなら怒りさえあれば、自分は弱いのではないか、信じる者に裏切られるのではないかといった恐怖を瞬時に消し去り、強さを獲仰できるからだ。
率直な怒りの表現は、タイプ8の精神の根幹をなすもので、一言うべきことがめれば、率先して言う自己の姿勢は、彼らの誇りだ。
しかし同時に、怒りを発したことで友人を失うといったとき、それは大きな自己嫌悪を生む。
力強さは、常に尊敬という見返りを得るべき宝であり、それが拒絶されるのは彼らにとって非常にショックなのだ。

タイプ8の「囚われ」のもうひとつの表われは“過剰さ”だ。
セックスや薬物、アルコールなどによる快感を“過剰”に求め、依存しやすい。
一晩中どんちゃん騒ぎをしたり、ふらふらになるまで遊び続けたりといった自己破滅型の行為を好む。
彼らは、こうした行為でエネルギーの燃焼を実感し、退屈から逃避する。
刺激の過剰摂取は、自分の内面を嘆ぎとる能力を麻揮させる。
彼らは、自分の欲求のためにエ、ネルギーを費やしている実感に満足しているが、これも実際は自分の真の願望に無自覚になるための行為なのだ。

タイプ9

葛藤を避けるゆえの優柔不断さ

自分の主義主張ややり方を通すより、調和を保つことを重視するタイプ9は、どんな悩みを抱く者の話にも耳を傾け、それを理解する能力がある。
自分の意見を押しつけたり、相手に自分の影響力を行使したりといった権力志向には興味がなく、相手を素直に受け容れる包容力と相手の人生には何がいちばん大切かを感じる優しさがある。
自分の意見より他人の望みを優先することができ、相手の大切にするものに共感する才能にも恵まれている。
彼らの言動は、穏やかで優しいので、周囲の者は、落ち着きと安らぎを感じることができる。
また対立する意見があれば、その両者に耳を傾け、落ち着いて話し合う雰囲気をつくり出す。
タイプ9は、きわめて公平な判断力で両者の溝を埋めるために、忍耐強く、調停を行うことができる。
このタイプ9の「囚われ」は、葛藤を避けることだ。
彼らは、子ども時代に疎外感を味わった思い出をもっていることが多く、自分の関心事など誰にも考慮されないと思い込んだタイプ9は、本当の自分の願望を意識から遠ざげるようになった。
自分を無感覚にし、自分を忘れることを覚えたのだ。
彼らは、自分の欲求などとるに足らないものだと思っているのだ。
この習性によって、タイプ9は、優先順位をつけることが苦手になった。
すぐにやらなければならない仕事があっても、脇道に逸れて、どうでもいいことを優先したりする。
また時間があるほど、物事が片づかなくなる。

他人の考えに合わせることに抵抗がない

自分を忘れることのできるタイプ9は、他人に合わせることに抵抗がない。
人の関心を自分の関心だと思うことができるのだ。
新しいプロジェクトのスタート段階などに自分の意思を決定することは苦手で、成り行きに任せてしまいやすい。
また途中まで来たところで、不本意だということに気づいてもノーとはなかなか言えない。
タイプ9は、相手の視点に同化しやすいため、どんな対象にも正しいところが見える。
すべて肯定的な面があるから、態度を決めかねる。
しかし自分より他人の望みの方が切迫して感じられるため、タイプ9は、決断せねばならないことは自覚している。
圧力がかかった場合、彼らは、相手に合わせるか、完全に拒絶するかという二者択一の決断を行う。
拒絶を選択した場合は、どんなリアクションもせず、問題が消えるのを待つという受け身の戦法をとろうとする。
その裏には、決断して、他者から軽視されたり、批判されたりすることに不安を感じ、自分の意見をもたないことで安全を確保しようとする心の方向がある。
二者の板ばさみになったとき、タイプ9は、どちらの見方も理解でき、立場が決められず、何を言っても聞いてもらえないと思っているので、ロを挟まないようにする。

一度した決断に固執し、惰性を愛する

タイプ9は、もっとも頑固なタイプでもある。
タイプ9が決断しないからといって、誰も決断を急がせることはできない。
プレッシャーをかければかけるほど、タイプ9は頑固になり、動くのを拒否する。
彼らは自分の状況への無理解と意見を聞いてもらえない深い怒りを動かないということで主張しているのだ。
決断の難しい場合、タイプ9は“表面的に合わせる”という“決断”をすることになる。
さらにいったん決断すると、タイプ9は、頑固にその立場にしがみつく。
それは、その決断に絶対の自信をもったからではけっしてない。
本当は決断などしたくはなかったのだが、周囲の圧力に負げて、立場を決めてしまったのだ。
その自らの弱々しさが気に入らず、意地っ張りになる。
こうしたプロセスから理解できるのは、どのような立場にも賛同しながら身を入れないというタイプ9の性向である。
そしてこの性向こそが、公平な仲裁者・仲介者としての彼ら の姿勢をつくっているのだ。
決断の遅いもうひとつの理由は“手放すことの恐怖”である。
タイプ9は手放すより取り入れる量の方が多い。
彼らの過去の思い出は非常に鮮明で、過去にこだわるゆえに自分の現在にあまり身が入らないのだ。
そうした特性のひとつの表われとして、タイプ9にはコレクターが多い。
アンティークからおもちゃまで特別なものを集めることは、彼らの空いた空間と時聞 を埋めてくれるのだ。
しかしこれらは、大切でないことが重要だ。
タイプ9は、大切な欲求の代わりに大切でないことをする傾向がある。
食べすぎたり、テレビを見すぎたり、本を読みす ぎたり・・・。
凝った趣味でも彼らにとっては、大切ではないから魅力的なのだ。
しかしこうした溜め込む志向、捨てない志向、優先順位を混乱させる志向は、タイプ9の取捨選択の苦手さも示している。
心の中は、未決定事項や未処理事項でいっぱいなため、気分を変えて、心機一転ということは難しく、従来の惰性で行動を続けたいのだ。
自分のエネルギーと意識を遠ざける「囚われ」をもっタイプ9の最大の問題は、怠惰さへの誘惑だ。
彼らの中には、自分の内部の葛藤を嫌うから、新しい知識や技術を身に付けるといった向学心をもとうとしない者が多い。
新しいものは、常に人間に葛藤を要求するからだ。
また仕事などにおいて、強いモチベーシヨンをもたないため、一方向に走り出すことができない。
生活が自然の成り行きに任されてしまう。
決断の不安から逃れるには、習慣をつくるのがいちばんだ。
何も考えずに、必要な神経を振り分けて“惰性”で仕事を片付ければよいのだ。
しかしそこには意欲が介在せず、ややもすると怠け癖が首をもたげる。
タイプ9の中には、カウチポテトのライフスタイルを好む者が多く、薬物やアルコールへの依存によって、自分を忘れようとするものもいる。
習慣に身を任せれば、人生に何が重要かを考えなくてもすむからだ。

自分の内面への無自覚さと他者の内面への共感力

温厚なタイプ9だが、怒りを感じている。
しかしその怒りは、行動を起こさざるをえない臨界点に達するまで、無言で溜め込むのだ。
頑固さを表面に出し、動かなくなるのは、この怒りの間接的な表現だ。
同じ理由で自分以外が先に怒りを見せるように振る舞うこともある。
タイプ9は、他者の願望を理解しているため、それをしないことで他者をイライラさせたり、怒らせたりすることができるのだ。
怒りを溜め込んだタイプ9は、絶対に相手の期待に沿わないようにする。
タイプ9が、怒りを直接表現することはまれだが、怒りを直接に表現した場合に、彼らは”ほっとする”という感覚を味わう。

自分の内面に目を向けないタイプ9だが 他社の内面を感じとることにはずば抜けた能力を発揮する。
タイプ9の多くは、エニアグラムのどのタイプも理解できると感じているのだ。
彼らは、相手と一体化できるので、自分の意見より、他人の意見のほうがずっとうまく説明できる。
相手の病気や健康、そして悩みや喜びを身体で感じ、今、苦しんでいるのは自分なのか相手なのかすら区別ができなくなることがある。
これは、他者を親身に支える能力であり、主体性という概念に無頓着なタイプ9の欠点でもある

あなたが陥りやすい「落とし穴」は何か

エニアグラムは、まず自分を深いところから衝き動かしている原動力、つまり自分がもっともよしとする価値が何なのかを示し、さらにそれらのエネルギーをどのようにしてバランスをとることが望ましいかを教えてくれる。

そこでまずバランスを失いやすいポイントを紹介する。
図にあるように、エニアグラムでは、これを「落とし穴」と呼ぶ。各タイプには、陥りやすい「落とし穴」があり、それによってバランスを失うことが多い。

以下のように各タイプには、それぞれに落ち込みやすい悪い状態、つまり落とし穴がある。
落とし穴を知れば、そこに陥らないように気をつけることができ、それだけであなたの人生によい変化が生まれる。
まさに『気づきこそ癒し」なのだ。

タイプ1:完全

タイプ1は、完全を求め、緻密に努力をし、どんな重責も投げ出さない。
このタイプ1の落とし穴は「完全」に対する誤った認識だ。
彼らにとって完全であろうとする思いは強迫観念になっているのだ。
「周囲も自分もまだまだ完全ではない」と考え、満足することなく、常に欠点を見つけようとする。
完全をめざすすばらしい力が、行き過ぎると、”重荷を背負った辛い人生”という感覚になってしまう。

例えばタイプ1に「すばらしい仕事をしましたね」とほめると「いやまだまだです」と答える。
その謙虚さと向上心は敬服に値するが、あまりに自分に厳し過ぎる。
タイプ1は、現在の状態にしか目を向けず、過程を経て、しだいに向上していくという感覚が欠如しているのだ。

彼らが、落とし穴から解放されるためには、まず成長という概念を自分の中に取り入れる必要がある。
現在「完全」でなくても、人間は、過去から未来に向けてしだいに成長し、「完全」 に近づいていくものなのだ。

この建設的でありながら寛容な概念を受け容れれば、自分のよさを生かし、自分自身に優しさをもち、他の人にも大らかに接することができる。
自分の人生のすばらしさを認識し、行き過ぎないようにバランスをとれるのだ。

自分自身に優しくできれば、他人にもそれができるようになり、優しさや楽しさは、身近からしだいに広がり、周囲によい影響を及ぼすことになる。自分自身の改善が、ひいては、自分の職場や会社をよくしていくことになるのだ。

タイプ2:奉仕

親切で優しく、さまざまなことに心を配り、他の人に尽くすタイプ2の落とし穴は、自分の奉仕が、まったく見返りを期待しない無私なものだと考える誤った認識だ。

タイプ2は、他人に親切にすることに心を配るが、それがいき過ぎると、周囲は「余計なおせっかいをしないでくれと」と怒鳴りたくなる。
するとタイプ2は”こんなに自分が親切にしてあげているのに”という怒りを感じる。

また自分のことを放り出して人の援助ばかりしていると、自分が満たされないことによっていらだちを覚える。すると「あなたもお返しして私を満たしてくださいね」という他者依存型になってしまう。
しかもそうした傾向をタイプ2は、認めようとしない。

人のためにつくしたいというタイプ2の心構えは敬愛すべきものだが、他者への依存心を抱きやすい自分を認め、十分警戒しなければならない。
周囲に心を配っても、人からの称賛や感謝を期待しない心構えが必要だ。
無償の奉仕を覚悟せずに、他人に援助するべきではない。

また自分の必要とするものを他者を操作することで得ようとせずに、自分で確保することを心がける。
そして他の人への心配りも度を超さないようにするべきだ。自分のことを放り出して、人のために尽くし、「私があなたのためにこれだけのことをしているのだから、あなたも私に感謝し、恩返しをしなければならない」という押し付けがましさに陥らないことが大切だ。

タイプ3:効率

日本やアメリカの大企業の管理職に多いタイプ3は、高い目標を掲げ、効率よく成功をものにしていく。
タイプ3の落とし穴は、効率的であることに、強迫観念を抱くことだ。
彼らが効率性を追求する根底には、高い評価を得たいという願望があるが、これが高じると、成功を勝ち取るために手段を選ばなくなり、家庭も自分の健康も顧みず仕事をし、ワーカホリックになってしまう。
その一方で、激しい競争心に囚われ、時間に追われ、精神的には、常に疲労した状態を感じることになる。

タイプ3は、成功を勝ち得ている間は、自分が落とし穴に落ちていることに気づかず、もっとも恐れている大失敗を経験して、初めてバランスの崩れた自分を意識する。
本人にとって、これは起こってほしくないことだが、バランスを崩していることの警告としてはむしろ好ましいことだ。
人間は、よっぽど辛くないと生き方を変えることはできない。
特にタイプ3にとって、失敗を経験したときは、自分の生き方を見直し、本当の自分を生かすためのバランスを取り戻すチャンスなのだ。

タイプ3は、成績とか、業績とか、人の評価ではなく、自分の内面によって自分を満たす道筋を確保しなくてはならない。
人の評価や会社での地位ではなく、自分自身の中に自己評価の基準をもつべきなのだ。
その評価基準には、成功や効率性ではなく、さまざまな人間的な要素が加味される。
その自己評価によっての自分のすばらしさを自覚する努力が、タイプ3を落とし穴から守ってくれる。

タイプ4:本物の自分

平凡とは無縁なユニークな自分を追い求めるタイプ4には、自分を旅者とは異なる特別な存在と認識し、個性ばかり求め続ける傾向がある。
彼らの落とし穴は、「本物の自分」への飲着だ。
タイプは、自分の体験にしがみ付き、自分の内面にある深い思いを適切に表現する術さえ身に付ければ、「本物の自分」になれると信じ込んでいる。
この思い込みによって、彼らは、平凡きを避け、特別な存在であることに夢中になっている。
この傾向が強まると、周囲から孤立し、満ち足りた生活を送ることができなくなる。

人生は本来、平凡さで満ちている。
しかし彼らは、平凡さを嫌い、人と違うことをすることに人並みならない努力をする。
通常は味わえない深い感動を求め、リスクのともなう冒険に心を引かれるが、日々の生活を地道に営むことに満足せず、冒険的な体験や深い感動を呼ぶものだけ求め始めると、生活態度は現実逃避的になりやすい。
人間の深い結びつきや強い精神的を求めることは、人生の味わいを深めることに通じるが、人間関係は、必ずしも感動をもたらすわけではない。
感動ばかり求めて、平凡な付き合いを疎かにすると、孤立して、寂しい人生になっていくこともありうる。

こうした落とし穴を避けるためには、タイプものもつェニークさというすばらしさを生かすとともに平凡きを謙虚に受け容れるバランス感覚が必要になる。

タイプ5:知識

知識を求め、情報を集めるタイプ5は、知識があり、冷静な分析ができ、判断力もある。
しかしタイプ5は、人と交わり、感情を分かち合うのが苦手だ。
タイプ5の落とし穴は、知識を過大評価し、知識を求めるためには他人から遠ざからねばならないと誤解している点だ。
知識を求めるあまり、頭を使い続け、理知的な面ばかりを発達させると実際の行動をしなくなる。
人から離れてひとりで考え込んでいるうちに自分の心すらわからなくなってしまうのだ。

また彼らは、自分を救う力は、自分の内面に備わっていると信じているために、知識の習得や思索にふける。
他者に救いを求めることが苦手なので、おのずと他者との関わりは、表面的なものになり、他者への責任感や忠実さも希薄になりがちだ。

そこでタイプ5は、自分から進んで行動する必要がある。
今、起こっていることを知るには、それに関わらねばならないのだ。
傍観者的にどれだけ入念に観察しても人生の真の姿を知ることはできない。
自分から進んで人と交わり、行動し、自分の感情をしっかりつかみながら、相手にそれを伝える努力をしなくてはならない。
頭の世界だけで生きず、人情に触れることが大切なのだ。
これは、自分自身を他者に与えることとも表現できる。
そうすれば、タイプ5は、 自分の内面に今まで気づかなかった知恵やエネルギーのあることに気づくはずだ。

タイプ6:安全

常に恐怖心を抱いているタイプ6は「安全」という概念に囚われている。
彼らは、自分の安全が脅かされていると感じているので、過度に用心深く、疑念を抱きやすい。
この安全という落とし穴に陥ると、自分で決断することも行動することもできなくなり、石橋を叩いても渡らない慎重さを示し、大きなことは恐ろしくてできなくなる。

恐怖症型のタイプ6は、強い権力者につき、法やルールを遵守し、義務を果たし、忠誠を尽くそうとする。
一方の恐怖対抗型のタイプ6は、不当な権力者に対して反発しようとする。どちらも安全を守るための行為だ。

彼らは、自分自身と自分の意見ややり方を同一視するため、自分の仕事や生活への忠告を、 すべて自分への攻撃と受け止めるのだ。
タイプ6は、外の世界への信頼を確信する必要がある。
社会は、自分が思っているほど危険ではなく、多くの信頼に足る人間たちが存在することを認識しなくてはならない。
多くの人々と信頼関係を結 多くの人々と信頼関係を結び、彼らが、自分に幸福をもたらしてくれることを認識すれば、ことさら安全などを求めず、自分の決断に則して着実に物事に立ち向かうことができるようになる。
そうすれば仕事や生活において今以上に多くの成果をあげることができる。

タイプ7:理想

タイプ7には、自分の理想にとりつかれるという落とし穴がある。
彼らの理想とは、楽しい人生だから、辛さを回避し、否定するのだ。
落とし穴に陥っているとき、彼らは、現在に生きることができず、過去のすてきな思い出や未来の楽しい計画にのみ意識が向かう。
物事がうまく運んでいない状況での不満な感情は我慢ならないので、口うるさく、攻撃的な態度をとることも多い。

しかし人生には、楽しいことだけがあるわけではない。
楽しさばかりを追い求めると、日常生活がいい加減になってしまい、押さえるべきポイントまでなおざりになってしまう。
楽しみを求め続け、嫌なことは人に押しつければ、人間関係はうまくいかなくて当然だ。
自分勝手な、あてにならない人間、ずぼちな人間だと評される危険性があるのだ。

タイプ7では、創造をめざし、恋しみや苦痛を受け容れる覚悟をすることで落とし穴に落ち込むことを防ぐことができる。
そのために必要なのは、価値あるものを達成する決意だ。

そして何かを達成するためには、必ず苦しみや悲しさと対決しなければならないことを知る。

そうすれば、タイプ7の理想主義は、地に足のついたものとなり、多くの業績をものにすることになる。

タイプ8:正義

力があり、人を引っ張っていくタイプ8は、周囲に怖くて、厳しい印象を与えやすい。
言い出したことは曲げない頑固さゆえに絶対君主になる危険性がある。
タイプ8の落とし穴は、正義への「囚われ」である。
どこにでも不正を見出し、それを正すことが自分の使命であると思い込み、しかも正しさと誤りを判断するのは自分自身であると確信しているために、タイプ8は、常に他者を蔵こうとし、異議に耳を貸さない。
逆に他者を押さえ込みたいという願望ゆえに、戦いを挑み、制圧しようとするので、多くの不要な軋轢を生み出すことになる。

タイプ8が、落とし穴に落ちないためには、慈しみを大切にする必要がある。
悲しみとは、 自分の価値観や善悪観に左右されることなく、他者を受け容れ、許すことだ。
またタイプ8は、 弱さをさらけ出すことが、自分の尊厳を損なったり、尊敬を失うことではないことを肝に銘じなければならない。
自分の弱さを認める人間こそが、真に強い人間であることを知ることで、 強さによって他者を威圧したり、恐れさせることの愚かさを悟ることになる。

タイプ9:自己卑下

葛藤を避けて、平和を求め続けるタイプ9が、行き過ぎると”ことなかれ主義”に陥る。
自分の意見をしっかり述べるべきときに、はっきり意見を言わず、他人任せにする。
すると周囲には、タイプ9が、何を考えているかわからない。
そのためにさまざまな問題が生じる危険性がある。

こうしたタイプ9の問題点は、自己卑下という落とし穴に陥った状態から生まれる。
自分にはたいした価値がなく、大切な存在ではないとタイプ9は考えがちなため、自分自身を十分に愛することができない。
自分の意志に自信がなく、自分を動かすエネルギーを他者から求めるのだ。
これが自分を卑下することから生まれる怠慢さだ。

彼らは、ありのままの自分が愛すべき存在であることを確信する必要がある。
その確信によって彼らは外に向かって心を開き、積極的に他者と関わることができるようになり、葛藤を受け容れることができる。
そして葛藤が予測されても、あるいは傷つく人がいるかもしれなくても、言うべきことをはっきり言うことができるようになる。

囚われる誘惑に逆らう ~矢印と反対の方向を目指す

自分の「囚われ」を知れば、それによる落とし穴をクリアに認識することができることは前章で述べた。
これが予防的な自己改革だとすれば、エニアグラムには、もうひとつ積極的な自己改革の道筋がある。
それが「矢印と反対の方向を目指す」ことだ。
各タイプから発する矢印は、そのタイプが、強度のストレスを感じたときに向かう方向だ。
つまり、行動や気持ちのマイナス方向を示している。

そこで、この「矢印の方向へ行こうとする誘惑」を断ち切り、逆に直面する問題に対処する知恵とエネルギーを得る「積極的な自己改革」をめざさねばならない。これは、各タイプの「囚われ」が生む衝動的な傾向に逆らう行動である。

私たちは、ことがうまくいっているとき、さまざまな行動がとれる。

こうした傾向に逆らう自己改革の目標が「矢印と反対の方向に動く」ことなのだ。

では、各タイプが矢印の方向(マイナス方向)と矢印と反対の方向(プラス方向)に向かうと具体的にどのような特性を見せるのだろう?
その具体例を次に紹介しよう。自分自身の状態がよいときと悪いときを思い出しながら読み進めてほしい。

達成しなければならない目標をもって行動するとき、プレッシャーを感じ、いらいらしていれば、矢印の向きのタイプの否定的な面に行きやすい。
これは、タイプに特有の”誘惑”と表現することもできる。
ただし、目標をもって行動することが、常にネガティブな精神状態をつくり出すとは限らない。
逆に意欲的で希望に満ちた状態で物事に取り組むこともある。
一方、安静時には、矢印と反対の向きのタイプの肯定的な面に行きやすいが、逆にそのタイプの否定的な面が出ることもある。
エニアグラムがめざすのは、通常でもストレス時でも安定時でも肯定的な面を発揮する能力を身につけること、つまり、いかなる状況でも崩れないバランス感覚を獲得することにある。

タイプ1

ストレス時:4の否定的な面に向かう

自分自身や他者が、自分の期待に応えないことで憤りを感じる。
自分の怒りを自分の内面に向け、自己批判的になるので憂鬱な状態になりやすい。 ・自信を失い、自分には「愛される価値がない」と感じる。
自分がもっていないものを熱望し、それを得る見込みがないと絶望感を感じる。

安静時=7の肯定的な面に向かう

自己を厳しく批判するのではなく、ありのままの自己を受け容れるようになる。
物事への熱中度が高まり、しかも楽天的になる。
ダメなことを気にする否定的な態度かる。よいものを探す肯定的な態度に変わる。
自分自身が楽しめる計画を立てるようになる。

タイプ2

ストレス時=8の否定的な面に向かう

親切であることに夜労し、怒りっぱくなり、人を攻撃するようになる。
他人が、自分を利用しようとしているという意識から、疑り深くなり、孤立する。
強い要求を出し、それを与えられないと人を非難する。
人を操作しようとし、すべてを管理しようとする。

安静時=4の肯定的な面に向かう

怒り、悲しみ、孤独感などをはじめ、自分の不快な感情を認めて、受け容れる。
自分自身をもっと独創的かつ適切に表現する。自分の内面世界を探求する。
自分自身にとって必要なものを自覚し、それを表に出すようになる。
人を助けるということ以外にプライドのもてる素養を見つける。
ひとりでいることの価値を自覚し、深い部分で物事を考えるようになる。

タイプ3

ストレス時=9の否定的な面に向かう

しなければならないことをぐずぐずと引き延ばし、優柔不断になる。
感情を表に出さなくなる。
自分自身を顧みず、仕事、薬物、食べ物、アルコールなどに依存し無気力になる。
堂々めぐりをしたり、あまり建設的ではなくなる。
自分の短所・欠点に目を向けさせた人たちに恨みを抱く。

安静時=6の肯定的な面に向かう

多くの時間を家族や友人とともに過ごし、心の交流をするようになる。
自己中心的な感覚を持て、グループ全体に視野をもつようになる。
自分の感情を大切にする。
他人の感情を洞察できるようになる。
損得抜きで他人のために働くようになる。

タイプ4

ストレス時=2の否定的な面に向かう

相手の愛が自分自身の空虚きや孤独感を埋めてくれると信じこみ、他人を操作して、自分に好意を抱かせようとする。
自分自身の必要を否定し、偽善的な行為を好む。
過度に依存的になる。
周囲の注意を引いたり、特別な存在と認められることに執着する。

安静時=1の肯定的な面に向かう

自制的になり、今このときに足を付けるようになる。
多くの問題を積極的に解決し、実践性を高める。
自分の大きな理想に基づいで行動する。
自分の感情に支配されることが少なくなる。

タイプ5

ストレス時=7の否定的な面に向かう

衝動的に新しい企画を引き受ける。
考えに取り留めがなく、分別がなくなる。

安静時=8の肯定的な面に向かう

思考の世界から行動に移ることで、自分の身体的なエネルギーに従うようになる。
自分の自然の衝動をもっと信頼するようになり、率直に意見を言い、自発的に行動するようになる。
より積極的になり、正当な根拠があるときは勝つために全力を尽くす。
引きこもる代わりに、エネルギーを生み出し、意欲を喚起するようになる。

タイプ6

ストレス時=3の否定的な面に向かう

いつも忙しくしていることで心配を感じないようになり、仕事中毒になることがある。
少しでも失敗する可能性があれば、新しいことをするのを嫌がるようになる。
何らかの役割やイメージを自分の中に取り込み、それに従って行動しようとする。
よいポジションを得るために自分をつくろったり、自己欺瞞的な行動をとる。

安静時=9の肯定的な面に向かう

他の人たちへの感情移入ができ、思いやりがもてるようになる。
より広い見地から物事を見る。
人生で起こる諸事をそれほど深刻に受け止めなくなり、自分のエネルギーが解放できるようになる。
嫌な人や嫌な状況も、穏やかに受け容れるようになる。

タイプ7

ストレス時=1の否定的な面に向かう

冷笑的で、何事によらず酷評するようになり、あらを探し、口うるさく言うことで、他人を変えようとする。
自分自身も他の人たちも、批判的に歳くようになり、過ちを許すことができなくなる。黒か白かという観点で考え、真実は自分にあると確信する。
自分を楽しませてくれなかったとして、他の人たちを責める。
ある着想や企画に対して強迫観念にとりつかれたようになる。
どんなことにも軽い癇癪を起こす。

安静時=5の肯定的な面に向かう

物静かで、内向的で、客観的になる。
人の世の両極端、つまり善と悪、幸せと悲しみを受け容れるようになる。
真面目になり、周囲からも真面目に受け止めてもらえるようになる。
自分の恐れていることを直視し、それを受け容れるようになる。
現実に足をつけ、安定して、着実に物事をこなしていく。

タイプ8

ストレス時=5の否定的な面に向かう

引きこもって、あまり行動しなくなる。
自分の感情にあまり触れなくなる。
他の人たちが自分に反抗しはしないかと恐れる。
挫折させられ、意気消沈したようになる。
罪悪感を感じて、自分自身に攻撃を向けることもある。

安静時=2の肯定的な面に向かう

他の人たちに対して打ち解け、自分の傷つきやすさをさらけ出すようになる。
他の人たちの幸せに、より多くの関心を示すようになる。
情愛深くなり、心優しく穏やかで、繊細な面を表に出す。

タイプ9

ストレス時=6の否定的な面に向かう

不安や悩みで打ちのめされたようになる。
自己不信になり、優柔不断で、考え方に柔軟性がなくなる。
より受け身で、不精になる。

安静時=3の肯定的な面に向かう

より精力的で、有能で、建設的になる。
焦点を絞って行動するようになる。
自信をもつようになる。
他の人たちの評価に左右されることなく、自分で自らの人生を構築するようになる。

変わる事ができる

タイプ1

自分も相手もほめてみる

タイプ1は、”世界には完璧か、致命的な欠陥があるかの二つに一つしかない”と信じている。
そして完璧であれば、他者も自分の正当性を認め、同意すると思い込んでいる。
だから真実がいくつもあるという考え方は認めたがらない。
タイプ1が、自己改革を果たすには、まず自分が”完璧”という非現実的な期待を抱いていることを認め、それを放棄しなければならない。
自分の価値基準の絶対性に疑いをもち、他者の価値観の優れた部分に目を向けるのだ。
それによって自分のもっている基準が、絶対的でないことを理解し始め、他人の考え方や価値観を尊重する度量を備えることになる。

また、自分の価値観に囚われるタイプ1は、自分をほめることも他者をほめることも苦手だ。
常に厳しい規準を課し、ミスを見つけると「なぜこんな間違いに気づかなかったのだろう」と自己批判をし、他者にもいらだちを感じる。
しかし絶対という概念を捨て、ほめることができるようになったとき、自己の解放感を味わい、人間関係の劇的な好転に驚くことになる。
タイプ1の完璧さをめざす姿勢はすばらしいものだ。
しかし彼らは、その主観性の高さから真の完璧さを認識していない。
真の完璧さとは、 真の完璧さとは、プラス要素とマイナス要素の絶妙なバランスによって実現するものであり、プラス要素だけを積み上げても、完璧さを実現することはできない。
完璧さは、批判を寄せ付けないのではなく、他人の批判に十分さらされ、磨き上げられていくものだ。
タイプ1は、失敗の連続こそ真の完間さへの不可欠なプロセスであることを知り、失敗を恐れない姿勢をもつ必要がある。
失敗は、完璧さを少しも損なうものではないのだ。

素直に怒りや憤りを表す

この完璧さへの「囚われ」は、多くの怒りを生む。
しかしダイブーは、その怒りを怒りとして認識できず、外に出すこともしないので溜め込むことになる。
タイプ1は、常に怒りを感じ、 それを稲め込んでいることを認めなければならない。
特にいちいちとした感覚があるのに笑顔をつくったり、声のトーンは怒っているのに冷静に話しているときなどには、間違いなく怒りを演めている。
こうしたストレスは、日常的に解消しないと心身にダメージを被ることになる。
そこでタイプ1は、まず怒りをあらわにしても、それが完璧さを損なうものでないことを理解し、素直に怒りを感じ、それを表に出すことを心がけたい。
涙め込んだ祭りを一挙に出せば、 周囲を戸惑わせ、人間関係を損なうことになるが、怒りを小まめに発散すれば、そうした弊害は招かない。
さらに怒りを単なる腹立たしさとして表現するのではなく、物事の連成へのエネルギーに転化できれば理想的である。
この怒りの自覚とそのコントロールができるようになれば、怒りをエネルギー源として活用できるようになる。
タイプ1は、怒りの感覚によって、大きなエネルギーを生み、それを積極的に活用できれば、仕事の面でも大きな力を発揮することができるのだ。

楽しんだり、楽をする生き方にも価値がある

またタイプ1は、自分の楽しみを卑下する幅向があり、楽しみを常に先送りする。
欲望は、 社会の秩序を破壊する悪だと内心思っているのだ。
しかし自制心の強いタイプ主は、自分の家求にもう少し素直にならなければならない。
自分や他者への怒りや批判の根底には、満たされない本来の欲求があるからだ。
怒りを細め込まないためにも、楽しみを与えてくれる相手に甘え、努力の報酬としてなるべく多くの楽しみを受け容れるべきなのだ。

また他者の楽しむ権利も認めなければならない。
もし信者が、楽しんでいたり、楽をしたりしているとき、それに怒りを感じた。
自分の視野が非常に決まっていることを自覚するべき

こうした禁 姿勢の背景には、タイプ1の優先順位をつけることの再手さがある。
主観の中に生きるタイプ1には、視野を狭めてしまう傾向がある。
狭い視野では、本当の優先位はつけられないのだ。
そこで次々に仕事や責任を負ってしまい、自分の欲望は、さらに奥に追いやられる。
しかも彼らは、何かひとつのことに打ち込んで、完璧にできないことを恐れ、決定を先送りする傾向がある。
タイプ1は”すべきこと”と”望ましいこと”の違いをしっかりと認識し、速やかに優先順位をつけ、決断しなければならない。

一方、対人関係では、他人のプラスやマイナスが非常に気にかかり、相手がプラスになったときには、自分がマイナスになるという感覚に陥ることがあるが、この感覚を消すように努めることは、完璧きへの「囚われ」から逃れるためのよい機会でもある。
またタイプ1は、周囲が批判的な評価をしていると思いがちだ。
他者が自分を批判していると感じたら、直接本人に確かめるべきだ。
往々にしてそれは杞憂と判明する。
心配事ができたら、必要以上に心配しないで、事実を確認することが、タイプ1には必要だ。

タイプ1の最大の長所は、向上をめざして努力をする志向にある。
この点に関するエネルギ―は、他のどのタイプも及ばない。
そして物事を根本から掘り下げ、論理的に概念を構築していく聡明さをもっている。
完璧さへの「囚われ」から解放されたなら、そうしたエネルギーは、前進するための武器としていかんなく発揮される。

一方、完璧主義という制約がなくなっても、怒りを留め込む傾向は残るが、その怒りは、理不尽なものではなく、システムや社会の矛盾や不公正、不公平への正当な怒りだ。
怒りが膨れ上がったとき、その怒りが正当なものであるなら、内なる批判者は消え、タイプ1の身体にはエネルギーが満ちあふれる。
そして溜まっている怒りを発散することで大きな力を発揮するのた。
完璧主義から脱し、成熟したタイプーは、この力を建設的に、柔軟に活用し、まさに完璧と言うにふさ にふさわしい仕事をなし遂げることになる。

タイプ2

相手に左右されず、自分が何をしたいのかを問いかける

意識が他者の願望の方向に向くタイプ2は、自分の欲求への関心が欠如している。
他者の願望を満足させようとする最大の目的は、他者の歓心と愛情を得ることにあるのに、タイプ2は、 それを認めようとしない。
実は、彼らは、他者の生活を手助けし、その一部になることで抑圧した願望を満足したいと願っているのだ。
タイプ2が、まず認めなければならないのは、他者の愛情を強く求めている自分だ。

またタイプ2は、多数の人に合わせることで複数の自分をもってしまう。
しかもそこには、 本当の自分が存在しない。
この状態にタイプ2が気づくのは、その「複数の自分」の間で優先順位がつけられなくなるときだ。
複数の人を前にして、それぞれに別の自分を見せてきたために、どの自分を出していいのかわからなくなる。
ここでタイプ2は、複数の自分のすべてがイミチージョンでしかないという思いにさいなまれる。

だからタイプ2は、相手に合わせて自分を変えることの矛盾に気づき、一貫した自分を築くことに挑戦しなければならない。
自分の本当の願望を認識し、他者の願望と自分の願望を明確に区別する努力をするべきなのだ。
他者の役に立ちたいという願望と本当の欲求が対立したとき、タイプ2は、いら立ちや怒りを覚える。
この怒りを自覚することは、自分の多面性に気づくよいチャンスだ。
こうしたチャンスに自分の願望を強く意識するなら、他者の顔色をうかがう悪態は矯正される。

自立を常に心がける

しかし自分の内面に意識を向けることは、タイプ2に大きな不安感をもたらす。
彼らは、他者にほめられたり、感謝されることで満たされる大きな袋を内面にもっているような意識をもっているため、他者の意識の取り込みをやめると、空虚さに耐えられなくなるのだ。
とはいえ、 好意を得ることと愛されることは、まったく異なる。
愛されるためには、自立した存在でなければならないのだ。
ところがタイプ2は、自立することで二度と愛してもらえなくなると思い込んでいる。
彼らは、よいイメージを損なう話題を避け、自分のよいイメージだけを相手に伝えたいと思っているが、これによって本当の尊敬や愛情は得られない。
気に入られたいという願望が強まると、他者に合わせるという行為から相手をほめるという行為にエスカレートする。
可能な限り相手をほめることで、歓心を買おうとするのだ。
タイプ2が、さかんに相手をはめるのは、不安感が高まっているサインだ。
ほめるべき正当な理由なしに相手をほめているときは、相手に自分を受け止めてもらえない不安を感じているときなのだ。
一方、タイプ2は、他者の好意を得ることで、相手を操作できることを知っている。
まず相手が何を求めているかを想像し、それを裏切らないように行動する。
そして言動の中にさり気なく、自分の願望を表明することで、他者に圧力をかけるのだ。
対象が、権力者や保護者の場合は、これに権力志向が加わり、グループ内での地位を高める方向に向かう。
ただしタイプ2はトップに立とうとはせず、ナンバー2になろうとする。
本当は、ナンバー1になりたいのだが、ナンバー1になると寄るべきものを失い、拒絶される恐怖が大き過ぎるのだ。
彼らの精神は、自分の必要を認め、自分を保護してくれる人がいるときにのみ安定するのだ。

他者を操作する技能は、社会的に大きな効用をもたらすだけに、タイプ2は、この性向に警成しなければならない。
操作の願望によって、自立は妨げられ、下手をすれば、周囲から大きな反感を買い、絶望感を味わうことになる。
権力に身を委ねたいという願望と他者を操作したいという願望に対する自戒の念をもつべきなのだ。

表面的ではない深い人づき合いをする

また、周囲の好意を得ることができなくなると、タイプ2は周囲が自分の自由を奪っているという被害妄想的な気分に陥る。
そして自分の努力にもかかわらず、自分を顧みない相手に復心を抱くようになる。
その復讐心の源泉は、本人の傷ついたブライドだ。
しかしそのプライどは、明らかに誤ったプライドだ。

この復心は、一度自分に好意を寄せた人間の”翻意”の場合、ことに強くなる。
ただしタイプ2には、相手に受け容れられたと早合点する傾向があるので、翻意か否かの判断はあやしい。
相手の笑顔や歓迎の言葉だけで、”受け容れられた”証拠と考えるのは謝りなのだ。
本当の感情とは異なる社交辞令かもしれないからだ。
こうした思い違いを避けるためにも、表面的ではない、深い部分での対話を常に心がけねばならないわけだ。
他者に依存しない自立心と”他者の愛を求める”という自分の強烈な欲求を認識すれば、もともと適応力に優れ、心の優しいタイプ2は、周囲から好意と信頼を自然に得ることができる。
また直感力をもち、他者の必要を把握することのできる能力を、カウンセラー的な作業に活用したり、人事や商品開発、マーケティングなどのセクションで発揮すれば、職場での評価は非常に高いものになる。

タイプ3

立ち止まって自分の感情を探る

タイプ3は、ビジネス社会で高い評価を受けるさまざまな特性を備えており、実際に高い評価を受けているケースが多い。
彼らが、順風満帆のときに自分の内面に目を向けることは稀だ。
成功者というイメージを演じたいために、自分の気持ちの振幅を極力狭め、「会社の目標を自分の目標にして何か問題があるのか?」「私のやり方でやれば尊敬されるのに、なぜそれに疑問をもつ必要があるのか?」と彼らは考える。
タイプ3にとって、感情的なトラブルは敗者の証拠にしかすぎないのだ。

タイプ3は、社会的使命感と自分の本当の願望の区別が苦手だ。
成功者としての自分のイメージに囚われているために、人間的な願望は内面の奥深くにしまい込まれている。
自分の欲求を抑え込んでいることには気づいていることが多いが、肩書きや称賛、あるいは多額の予算などが与えられていると、自分の真の満足感など顧みず、倒れるまで働こうとする。

タイプ3が、自分の正直な気持ちに気づくのは、挫折感などによって走り続けられなくなったときだ。
成功という価値観しかない人間が、休息を余儀なくされると、自分の存在意義は無に帰してしまう。
彼らは、自分の能力にも実績にもうぬぼれがあり。自分自身の価値と自分の実績の価値は同一と考えるので、自分の実績が否定されることは、自分自身の否定を意味し、 非常に打ちひしがれる。
自分の価値観が、きわめて脆弱なものであることをタイプ3は認識しなくてはならない。

また、こうした感機を未然に防ぐためには、立ち止まることの重要性を理解する必要がある。
彼らが、活動を続けようとするのは、立ち止まることを恐れているからだ。
立ち止まって、自分の内面への配慮などという”余計なこと”をして、悩んだり、疑問をもったりすることは、 効率性を妨げる処行なのだ。
しかしたとえ恐怖であっても、それに打ち勝って、立ち止まって、 自分の感情を探る必要がある。

自分の行動と本心のギャップに気づく

とはいっても、自分の感情と出会うには、工夫が必要だ。
感情は、なんらかの感覚をもたらすから、まず知覚できる感覚を探す。
例えば、それが身体の硬直や顔の紅などの身体的な感覚でも、緊張感や高揚感などの感情がそこから検知できる。
次にこうした感情を「緊張している」「興奮している」などという言葉に置き換えてみる。
感覚から感情を探し出し、それを言葉にすることでタイプ3は、自分の感情の変化に気づくのだ。
これは、タイプ3が、感情をオミットして、まるでロボットのように活動していることを物語っている。
専門家による瞑想と意識訓練などのセラピーを受けなければ自分の感情と出会えないケースもあるのだ。

こうした地道なトレーニングによって、自分の行動と本当の感情の食い違いを理解することができる。
そしてプライベートな自分と、対外的に成功者を演じる自分のギャップや自分への意識と自分の仕事への意識の同一視に気付くことになる。
こうした傾向が度を超すと、空想の中の自分の能力を本当の能力だと思い込んだり、失敗を成功と思い込んだり、周囲の批判を完全に無視したりといった妄想的な状態に至っている自分に気付くことになる。
ここでやっと自らの「囚われ」を認識するのだ。
こうした成功を請い願う「囚われ」から、本当の意味で解放されるのは、至難の業だが、その傾向に気付くだけでも、タイプ3の危機は減少する。

仕事以外にプライベートの楽しみを見つける

次に重要なのは、自分に仕事以外の楽しみを与える努力だ。
タイプ3は「課長に昇進すれば、 幸せになれる」と幸福感を先送りする傾向がある。
仕事以外の楽しみを否定する姿勢が、タイプ3をワーカホリックにし、自分も家庭も顧みないライフスタイルを生むのだ。
タイプ3は、周囲の評価で自分の価値を測る一方で実績を離れた自分にはあまり価値がないと思い込んでいる。
だから実績に貢献するスタッフを求めるが、部下の多くは無能に見える。
しかし記下が無能に見えるのは、タイプ3の失敗を恐れる「囚われ」そのものなのだ。
さらに悪いことに、万が一仕事が失敗すると、他人のせいにすることが多い。
タイプ3が、本当に有能なビジネスマンであり続けるためには、すべての結果に責任をとる潔さを心がける必要がある。
活動中のタイプ3は生き生きとし、エネルギーに満ちている。
すさまじい勢いで働いても、 時間はゆっくりと流れ、迷いや疑問もなく、プロジェクトの成功を見通している。
ストレスに戸惑うことなく、ゴールへの達成に必要なものや自分の役割がクリアに把握できる。
このタイプ3の集中思考は敬服に値する。

こうしたビジネス社会が切望する一流の能力は、タイプ3が、「囚われ」から解放され、自分の感情を顧み、周囲と人間的な関係を回復したからといって、失われるものではない。
逆に恐怖から逃れるための過度の活動は、情性による無駄や強迫観念による疲労やストレスを抱え込むことにつながる。
自分の感情や私生活を大切にし、仕事以外のさまざまな楽しみを確保することで、タイプ3は、本当の意味のビジネスエリートになるのだ。

タイプ4

自分の手の中にあるものにまず満足する

平凡を避け、特別な存在でありたいという「囚われ」をもつタイプ4の心を覆っているのは喪失感だ。
自分の人生には、多くのものが欠けており、それを得たときに自分の本当の人生が訪れると信じている。
彼らは、手に入らないものに惹かれるが、いざ手に入ってしまえば、それに興味を失いがちだ。
まずタイプ4は、自分の意識が手に入らないものを理想化したり、手に入るものの欠点が目につく自分に気付かなくてはならない。
そしてその状態が、自分にとってよくない状態であることを自覚する。
そして果てのない不足感と喪失感の苦しみから解放されるために、自分に必要なものは、すでに皆そろっていると考える姿勢をもつことが必要だ。
非現実的な”完全な満足感”を追い求めるのではなく、今、手の中にあるものにまず満足するということだ。

またタイプ4は、過去や未来に意識が飛んで、現在への意識が希薄になる傾向がある。
地に足をつけて生活することが苦手なのだ。
そこで今、意識がどこに向いているかを常にチェックしなくてはならない。
タイプ4は、自らの認識を観察する能力をもち、現在を見つめることができるようになると平衡感覚を保つことが可能となる。
心の浮き沈みの激しさもタイプ4の特色だ。
彼らは、平凡さや単調さを嫌うので、そうした感情の起伏を歓迎する傾向があり、実際以上に大げさに表現する癖をもっており、それが落ち込みや高揚感に拍車をかける。
極端に気分が移り変わる自分に陶酔してしまうのだ。
こうした演技じみた行動は、周囲を困惑させ、白けさせるケースが多く、本当の感情をその大げささで隠してしまうという弊害を招く。
特に落ち込みは頻繁に襲い、タイプ4は、引きこもってしまう。
タイブ4には、自分の気持ちは誰にも理解できないという意識が強いので、悩みを他者に癒してもらおうとはまずしない。
助けを差し伸べようとする声に耳を貸さず、拒絶し、徐々に希望を失う。
落ち込みがひどい場合、自分や周囲の価値のあるものに目が行かなくなり、立ち直りは非常に遅い。

落ち込みから逃げず、悲しみを受け容れる

タイプ4は、まずこうした自分の悪い傾向に気付き、自分の殻に閉じこもらず、他者に気を向けたり、他者の関心事に目を向けることで自己陶酔から脱出する必要がある。
そして落ち込みから目をそらさず、受け容れることで、徐々に痛みが和らぎ、意識が生活の立て直しへと戻る。
もし気分が沈んでいても、無理に元気になろうとせずに、悲しみを受け容れるのが得策だ。
落ち込んだときに気を紛らわせてくれる複数の興味や友人をもったり、気分転換のためにスポーツをしたりすることは効果的だが、いずれ元気になるだろうという呑気さも重要だ。
また自分の落ち込みを他者には味わえない特殊なものだと思わず、誰でもある、ありきたりなものと考えることができると立ち直りは早い。

一方、タイプ4は、自分の能力で十分やり遂げられる物事を放置する悪癖がある。
この悪癖が、タイプ4を行動力のないキャラクターにしている。
物事をやり遂げられない第一のケースは、すでに完成が見え、興味を失ってしまう場合だ。
彼らは、平凡さを避けるのと同じ理由で手に入りやすいものを拒否する。
またちょっとした障害さえ乗り越えれば実現する夢を悲観的な視点から投げ出すケースもある。
彼らは、とかく現在のマイナス点に目がいき、うまくいかないと決めつける傾向があるのだ。
そして前に進みたくないばかりに、同じ問題を多角的に見すぎたりする。
タイプ4は、手をつけたものは完成させる癖をつけ、自分のためになるものを破壊したり、放置するマゾヒスティックで被害妄想的な傾向に気づかなければならない。

自分の長所を見つけ、自信をもつ

こうしたさまざまな悪い傾向の根底には、タイプ4の自尊心の低さがある。
「自分が外界より小さい」という感覚から後退的な行動様式をとるタイプ4は、高然とした劣等感にさいなまれている。
彼らが、自分を特別視しようとするのは、自尊心を補うための切羽つまった行為なのだ。
彼らは、自分が小さいから、他者が得ているものを得られないでいると考える。
そして満たされ、幸福を味わっているように見える他者への嫉妬心や羨望の念をもて余す。
彼らには、 自己批判の傾向が強く、自己を実際より低く認識する。
そこでタイプ4は、自尊心を回復することが重要なテーマとなる。

タイプ4が自尊心を回復するには、他者が嫉妬するような自分の長所を見つけ、それに自信をもつことだ。
自信をもつと尊大になるタイプも多いが、タイプ4が自信をもっても尊大さとは無縁だ。

自分の行ったひとつひとつの仕事を肯定的に評価してみることをお勧めする。
そうすれば、 タイプ4が、日ごろ感じているよりはるかにすばらしい足跡を刻んでいることがわかるはずだ。
こうした実生活上の自信以上に生来の宝に対する自信をもつことができる。
例えば、タイプ4は、他者の痛みに共感する鋭い感性をもっている。
また言葉を超えた象徴的表現の能力を備えている。
さらに周囲の環境を独創的に演出することにも長けている。

他人からは理解されないという疎外感や平凡さを避け、特別であることに執着する「囚われ」 から解放されると、タイプ4は、現実としっかりとした関わりをもてるようになる。
引きこもることなく、ひとつひとつの対象に対する心構えをもち、仕事をこなしていけば、タイプ4 は、その鋭い感性と表現力で独創的な実績をものにすることができる。
人間関係においても、共感能力の鋭さを発揮し、包容力のある人間として、周囲に基われる存在になることができるのだ。

タイプ5

突発的な出来事に慣れ、心の動揺に強くなる

外の世界を侵略的で危険だと認識しているタイプ5は、家という安全圏を離れるリスクは冒さず、感情のしがらみを避けて、人目につかない場所で暮らすのを好む。
人を近づけ過ぎると防衛方法を失ってしまうため、彼らは常に他者と安全距離を保とうとする。
彼らは、まず部屋に閉じこもってドアを閉めることで防御を図る。
しかし、社会人として生きていくには、部屋に閉じこもりっ切りでいることはできない。
そこで彼らは、自分の感情と向き合わないことで内面に混乱を招かないようにする。
人間との距離がおけない場合には、自分の感情との距離をおくのだ。

感情と向き合わないという防衛方法の長所は、自分の世界にずけずけと入り込んでくる者がいても何の嫌悪感も感じないでいられるようになることだ。
相手と接している最中は気持ちにふたをし、後でひとりになってからその交流の内容を整理する。
しかし、この防御姿勢によっで、タイプ5は、他者と深いつながりをもつことができない。
そして、感情というものを自覚することができないという弊害を生んでいる。

サイプ5のもうひとつの防御方法はポーズをとることだ。
彼らは、得た情報によってその場にふさわしいポーズをアレンジする。
そのポーズは、周囲の目にくつろぎ、打ち解けているように見えるために十分に計算されている。
しかし実際には、他者とも自分の感情とも向き合ってはいないのだ。

こうしたタイプ5が「因われ」から解放されるには、「囚われ」のもたらす彼らの悪い傾向に気づくことがもっとも重要だ。
そしてその悪い傾向を矯正することで、タイプ5は、人間的に大きく成長する。

まずタイプ5は、気持ちと距離をおこうとする自分に気づき、自分の感情と向き合い、動揺に慣れる必要がある。
彼らは、気持ちと向き合えば、必ず傷つくと思っているが、けっしてそうではないことを知らなければならない。

感情的なつながりや感情的動揺を避けるタイプ5は、常に未来を知っておき、それに備えたいと考えている。
タイプ5が、知識に執着するひとつの理由は、未来を把握したいという欲求なのだ。
得た知識をもとに分析し、ことにあたる前に必ずシミュレーションを行う。
彼らにとって準備不足や不測の事態は恐ろしいことだ。
その意味でタイプ5は、突発的な出来事に寛容であろうとする心構えが必要だ。
また知識習得と分析、さらにジミュレーションの習性によって、タイプ5は、実際の経験ではなく疑似体験で満足してしまう傾向がある。
実感や実体験を軽視するのもタイプ5が気づくべき悪い傾向だ。

読めずチャレンジする精神を培う

感情のしがらみに巻き込まれないという自己防間の姿勢は、欲望を抑えることにもつながる。
欲しがることは、悲しみと喪失の第一歩であり、切望することは、他者への執着や依存に苦しむことを意味するからだ。
だから彼らは、人間や物質に執着しないばかりか、欲望を感じることへの悪感すらもっている。
タイプ5は、欲しいものを手に入れる満足感よりも、物をもたない自分に優越感を感じる。
他者と比べて彼がなさすぎる自分にも気づく必要がある。と同時に彼らは、自分のけちきに気づくべきだ。
金銭的にも時間に関しても、タイプ5は、他人に分け与えることが苦手だ。
彼らの欲のなさを支えているのは、最小限の持ち出しでやり繰りができるという自負心なのだ。
しかしビジネスでも人間関係でも”損して得取れ”という考え方は非常に重要だ。

また諦めのよさも欠点といえる。
情報と分析を重視するタイプ5には、物事の否定的な面がまず目につく。
彼らは、自分の分析の結果、「諦める」という結論に達することが多い。
まして過去に失敗の経験があれば、再チャレンジをしようとはしない。
「一度やったがだめだった」と言って諦める。
難しいことにチャレンジするには、感情と向かい合うことを避けられない。
だからタイプ5は、質問から逃げ腰になりやすい。
しかしビジネスの世界では、何回もの失敗の末に多くの成果を得ることも多い。
チャレンジ精神の価値をタイプ5は再認識する必要がある。

人の集まる所で自分を披露してみる

傍観者的なタイプ5にとって、感情との向き合いや積極性を獲得するための荒療治は、自分を露出することだ。
気が進まなくても、なるべく人の集まる場所に行き、自分の意見を述べ、 自分の実績を披露するようにしたい。
人に見られるようになると、外界が、それほど危険なものでないことが理解でき、感情と向き合うことに慣れることもできる。
もちろん露出とはボーズをとることではない。

タイプ5は、人間関係のトラブルや喪失感、そしてプライバシーの侵害や自由の制限に対する恐怖感などに悩んでいるケースが多い。
しかし同時に自らの知的でナイーブな面への優越感をもち、かたくなな格密主義を肯定する気持ちも強い。
自分のライフスタイルや能力に対するこだわりは非常に強く、それを簡単に否定することはできにくい。
しかし自らを押し出し、感情を表に出すことで、タイプ5は、顧者な進歩を意識することができる。
彼らは、旺盛な知識欲と分析力、そして豊かな内的界を生来備えている。
リスクを恐れず、人に積極的に働きかけ、自分の夢を活気づけることができれば、タイプ5の人生は大きく開かれるはずだ。

タイプ6

自分の内面の不安や恐れを細かく検証する

内面に恐怖心を抱えるタイプ6は、強い保護者を探したり、信じるに足らない権力に反抗することで不安を和らげようとする。
企業においても自分を保護してくれる強いリーダーシップを求める願望と、組織や権力への不信感の間で揺れ動く。
彼らの根底にあるのは同じ権力への不信感なのだ。
タイプ6は、自分の意思で行動することを恐れるので物事を成し遂げるのが苦手だ。
よいアイデアを実行してみたいと考えても”失敗したらどうしよう””誰かに邪魔されるかもしれない”などといろいろな思いが浮上し、考えるだけで前へ進めない。
前進しても目標が具体化するにつれ、不安感は高まり、先送りしたくなる。
彼らは、注目を浴びることで権力者の介入を受けることすら恐怖なのだ。
またある程度の成功を収めても、タイプ6は、その成功体験に自信をもつことができない。
こうしたな不信感の背景には、強者の干渉を振り払わなければならなかった子ども時代の記憶がある。

彼らの意識は、常に外界に向いており、他者の心を読もうとし、裏に隠れているものを探ろうとしている。
危機感などのストレスを感じると、タイプ6の意識は、より一層外を向く。
だから他者の思いや意識を投影することはできるが、何に危機感を感じているかという自分の内面は見誤りやすい。
しかも困ったことに彼らは、自分が、怖がりであることに気づいていない。
恐怖は、賢者の当然の帰結だと考えている。
自分の思考や感情の癖のせいで、自分が慢性的に不安であることを見過ごしがちなのだ。
これは自分に恐怖を与えているのは他者であるという被害妄想的な癖と言える。

タイプ6は、まず自分ではどの恐怖が想像でどれが事実なのかを判断できないことを自覚しなくてはならない。
そして外に向いている意識を、内面に向ける努力をし、自分の恐怖心を細かく検証する必要がある。
広い視点と中立を心がけて、問題を読めれば、懐疑的な考え方の多くは消え去るものなのだ。

判断力のある友人に不安を打ち明け、意見を聞く

具体的には、まず困の中であれこれと思い悩むことなく、事実をすべて確認し、現実に自分の恐怖心を突き合わせてチェックする。
思考中枢のタイプ6は、周囲を見渡して、行動ではなく考えることで状況を切り抜けようとする。
しかも恐怖心を抱く相手への対抗手段として、理論的に正しくありたいと考えるため、とかく考え過ぎている。
しかしただ考えるだけより、疑念を抱いたらその疑念について相手と率直に話し合うことの方がはるかに有効だ。
多くの場合、それが杞憂であることに気づくはずだ。

また信頼できる友人をもつことも重要だ。
判断力のある友人に自分の不安や恐怖心を打ち明け、それに対する意見を聞くのだ。
あなたの結論を中立の意見と突き合わせてチェックすれば、自分が悲観的になりすぎていたり、疑念的になりすぎていたことに気づくことも多いはずだ。
ただしタイプ6にとって、信頼できる友人であると確信すること自体が難しい。
彼らは、誠意ある友人の助言さえもシャットアウトする傾向があるからだ。
”相手は信頼に足るだろうか?”と他者の真意や真価を自問自答している自分に気づき、人間関係における信頼感の揺らぎを抑える努力が必要となる。

また周囲の人々に自己表現をする努力もタイプ6は怠る傾向があり、いざ自己表現をすると、疑念的な観点から、相手をコントロールしようとしたり、関係を壊すような物言いをしてしまうケースが多い。
タイプ6は、自己表現を優しく、大らかに行う努力をし、信頼を築いていくべきだ。
タイプ6には、意識を疑いの方向にそれないようにするためにぜひとも他者の助けが必要なのだから。
さらに自信をもつために、自分の意識を操作することも有効だ。
タイプ6は、いい記憶より悪い記憶を思い出しがちで、マイナスの記憶によって自信をもつことを戒めている。
なるべくポジティブな記憶を思い出すように努力し、自分の勝算をふだん感じているより高く見積もり、思考を心がけるのだ。
他のタイプの場合、楽観視することが、読みの甘さを生み、失敗に結びつくことはあるが、タイプ6に関しては、自信をもってもちすぎることはない。

ただし、複雑な側面としてタイプ6には誇大妄想もあることを認識しなくてはならない。
この誇大妄想は、自分の業績がすばらしいものであるべきだという思い込みだ。
結果的に物事を難しく考えすぎてしまう。
すばらしい業績を空想しすぎることで、現実的で実現可能な目標への筋道の通った前進が妨げられてしまうのだ。

プラス思考で他者と共感する

総体的にタイプ6は、自分にできるだけたくさんの楽しみを与えなければならない。
彼らには、緊張感や警感を持続させるために、遊びから逃げる幅向がある。
彼らはあたかも楽しみに対して健忘症にかかっているようだ。
また自分への愛情は言葉を直に受け止めず、”ガ ―ドを緩めるとひどい目にあう”と自分を脅迫する。

タイプ6は豊かな想像力をもっている。
ただ無意識のうちに、その想像力は、最悪の想像に向かいがちだ。
最悪のケースが意識から離れない場合には、想像の世界で、悪い結果を過大なものにして、それを想像の世界だけでとどめるようにすると、逃げ道が見出せるはずだ。
プラスの方向にその想像力を活用できれば、他者との共感を可能にし、豊かな精神世界を楽しめるようになる。

一方で疑念的だという傾向も、ただ忌み嫌うべきではない。
彼らの不信感や優柔不断さ、人の真意への詮索などは、正しい道を探るために必要なプロセスでもある。
不信感は、建設的な批評をも生むし、優柔不断はアイデアの練り直しや再評価の必然性にも気づかせてくれる。
また最悪を想定する癖が、ポジティブに働けば、独創的な解決策を生み出すこともあるのだ。
恐作から逃れるために自分を偽るのではなく、現実的な目標に一歩一歩前進することだという確信をタイプ6がもつなら、組織の中できわめて建設的で独創的な存在として活躍することがでる。

タイプ7

多くの選択肢からひとつだけを選び、それに打ち込む

落ち込みを恐れるタイプ7は、多くの楽しい計画を立てることにエネルギーを使う。
この ”計画好き”の狙いは、活力にあふれた計画をたくさんもつことで、辛さや落ち込みを感じる危険性を消そうとする現実逃避だ。
彼らは、多くの計画やアイデアをもっていることを自分が努力していることの証だと考える。
しかし努力とは、ひとつの活動に打ち込むことであり、楽しみを逃したくないために、いくつものプロジェクトを飛び回ることではない。
タイプ7は、まず、多くの可能性の中からひとつの可能性に賭け、それに打ち込むことを心がけなければならない。
難しい局面を迎えたり、非難されたりしても、それをなし遂げることの価値を認識することだ。
タイプ7には、現在に生きる覚悟が必要だ。
そして次に来るものが喜びであろうと悲しみであろうと、あるいは快感であろうと不快感であろうと、受け容れるのだ。

多くのタイプ7が、ユートピア幻想をもっている。
自分の好きなもの、自分の安らぐものが、 いつか統合され、完全なビジョンが、現実のものになるという壮大なイメージだ。
そこには、苦難も難問もない。
すべてがスムーズに進み、重樹にあふれたユートピアだ。
こうしたビジョンは、生きていくための支えとなり、エネルギー源となるが、同時に、現実をまじめに生き、一瞬一瞬の経験を受けとめることを防げる。
タイプ7は、よいことだけを選択せず、悪いことにも接しなければならない。

ある意味で真面目さを備えたタイプ7は最強だ。
物事を楽観的に考える能力、他者のよいところを見出す能力を生まれもって備えているのだから、最後まで投げ出さず、地道な努力を続びることができれば、多くのすばらしい成果を得られる。
物事を過大評価せず、真価を適切に評価できれば、結果的に多くの魅力的な仕事を成就することができるようになる。

やりかけたことには、責任をもって最後までやりとげる

実生活上の心構えとしては、買った本を読みかけにしたり、やりかけの仕事を放ったらかしにしたりしないことが重要だ。
また新しいテクニックや機器、システムに安易に飛びつく傾向を悪い傾向として自覚するべきだ。

タイプ7は、豊富なアイデアを提案する能力をもっている。
他人と会話しているときでも、アイデアを模索する姿勢は、新しい価値の創造という点で貴重な貢献を期待できる。
しかし、このタイプ7の長所の背景には、責任感覚の欠如という欠点が隠れている。
どんなにたくさんのアイデアを出しても、仕事を背負い込む危険性をタイプ7は感じていない。
そのアイデアが採用されて、プロジェクトがスタートしても、それが成功するか否かに大きな関心は払わない。
さまざまな計画を立てても、それをすべて計画通りに実行せねばならないという観念はない。
彼らの成功のキーワードは”責任”である。
タイプ7は、本当の責任とは何かを考えなくてはならない。
そして何かの責任を与えられたとき、あなたが感じる重さより、実際の責任は、はるかに重いことを知る必要がある。
この点の認識がないと、無責任な人間という印象を与えてしまうのだ。
また自分のアイデアに自信があり、他者を引き付ける魅力をもち、明るく積極的な雰囲気をつくることのできるタイプ7は、きわめつけのナルシストだ。
この「囚われ」が強くなると、 彼らは、自分が特別扱いされるのは当然のことと考える。
さらに自分の状況は常に好ましいものであるべきだという思い込みがあるので、悩みが発生しても他者の助けを必要としないと考える傾向がある。
ただし、彼らは、けっして悩みに無自覚なわけではない。
悩みの存在を認知しても、それについて頭で考え、頭で処理しようとする。
これは、本当の悩みと向き合わないための思考中枢の人特有の”早すぎる発散”の癖だ。

絶望や老いなど人生の負の要素とも向き合う

そしてタイプ7は「助けを必要とする人間は、欠陥のある人間だ」と考える。
これは、ときとして周囲に傲慢な印象を与える。
”私は、大切にされて当然だし、周囲の助けも必要としない完全無欠な人間だ”という感覚をもつときは、ナルシストの「囚われ」の強さを認識し、平凡な存在としての自分を自覚する必要がある。

この傷つくことを拒絶するナルシストが、打ちひしがれるのは、自分の理想像と現実の自分のギャップが無視できないほど大きいときだ。
単調で障害の多い仕事をやり遂げなくてはならないのに、それができないといった場合にタイプ7は特にもろい。
悩みと向き合うことに慣れていないタイプでは、こうした敗北を認めざるを得ない状況に追いやられると”これで人生は完全にダメになった”という極端な絶望感を感じる。
彼らには、体制への軽い反発があるので、すねて、ビジネスマンとしての立場を放棄しかねない。

ナルシストのもうひとつの問題点は、若さへの執着だ。
いつまでも若々しく、美しくありたいという願望は、誰にでもあるが、タイプ7は、その願望がことに強い。
タイプ7が「永遠のピーターパン」と呼ばれる所以だ。
彼らは、年齢を重ねることを拒絶するため、経験の深さがもたらす成長が害されてしまうのだ。
特に四十代以降の「中年の危機」においては、老いを受け容れざるをえなくなるが、これは、タイプ7にとって喪失感以外の何物でもない。
人間にとって加齢は宿命である以上に人間的な魅力を高めるための貴重なチャンスであることをタイプ7は認識しなくてはならない。

人生の負の要素に立ち向かうことができるようになったタイプ7は、きわめて魅力的だ。
天性のアイデアマンであり、ムードメーカーであるタイプ7が、責任感や持久力、包容力などを身に付ければ、多くの魅力的な仕事をこなし、周囲からも碁われる企業人となるはずだ。

タイプ8

怒りが爆発しそうになったら、落ち着いて10数える

タイプ8の「囚われ」は力と正義だ。
彼らは、特に不公平さに敏感で、相手にプレッシャーをかけて、人の真意を確かめ、不公平を正そうとする。
しかし主張を通すために好戦的になりすぎて、味方からもトラブルメーカーと見られることが多い。

本能中枢の人の特色としてタイプ8は、考える前に行動をする。
怒りの表明は、彼らが、もっとも容易に起こすことのできるアクションだ。
正義という大義名分のためでも、怒りを表明し、力を行使することには、さまざまな波紋がともなう。
その点に配慮して、まず考えることをタイプ8は心がけなければならない。
思考中枢に隣接するタイプ8は、考えることが苦手ではない。
話をしていて、怒りが高まってきたら、その話題をいったん中断することが賢明だ。
また怒りが発しそうになったら、10数えるようにする。
多くの場合、タイプ8が激昂するほど怒らねばならないことは、日常そう発生しないものなのだ。
タイプ8は、通常、エネルギーにあふれている。
そしてそのエネルギーは、怒りに直結しやすい。
スポーツをしたり、大声で歌ったりといったことでエネルギーの発散を心がけることをおすすめする。
ただしタイプ8にとって怒りの発散は、エネルギーのバランスを保つために重要な行為なので、自分の怒りを受け止めてくれる相手を確保することが望ましい。

白と黒ではない灰色の価値観を認める

生きている実感を得るために激しさが不可欠な要素であるタイプとは、世界がオール・オア・ナッシング、あるいは白か黒だという感覚をもっている。
彼らは、燃えるような激しさと深い海のような静けさの両者を愛し、また善と悪との明確な区別を好む。
彼らの感覚の中では、 周囲の人が敵と味方にわかれてしまい、中間がない。
また「自分のやり方対相手のやり方」と考え、敵対感を意識してしまう。
そして白黒をはっきりさせない人間を「どっちつかずの意志薄弱な人間」として軽度する。

まずタイプ8は、中庸というものの存在とその価値を認め、中間にある意見の正当性を理解しなくてはならない。
拒絶するのが自分の悪癖であることを自覚し、相手の行動にも、道理があるのを理解する努力をする必要がある。
相手との対立点は、視点の違いであって、どちらも筋道は通っている場合が多いのだ。

さらに、自分の感覚の変化を客観的に読める努力が必要だ。
自分の敵意が発生するプロセスや自分の支配欲や攻撃性が発生するプロセスを分析することが効果的だ。
また自分の間違いを認めることが、とても苦手な自分に気付き、「このトラブルの責任は私にはない」と考えるのが自分の癖であることを意識するべきだ。
さらにタイプ8には、自分の強さを過大評価し、相手の有利さを過小評価する傾向がある。
損なケンカかどうかを考えずに、勝てるケンカと確信して挑む悪癖を自覚しなければならない。

この激しさを愛する心の裏には、落ち込みや退屈などのマイナスの感情に対する恐怖心がある。
タイプ8は、どんちゃん騒ぎや浪費などを好むが、これは辛さや自分の力への疑問を感じないための手軽な手段だ。
タイプ8が、薬物やアルコール、セックスなどに耽溺しやすいのは、こうした心理的機能によるものだ。
またつらい問題を無理やり拒絶する傾向もある。
問題が目の前にあっても、彼らの自己防衛本能によって、そこに存在することすら認識しないのだ。
退屈を排除しようとするのは、自分の弱さを拒絶する行為であることを、タイプ8は認識しなくてはならない。
退屈を感じるときは、感情にふたをしている自分に気づくチャンスなのだ。
また落ち込みは、内面に抑え込んでいる本当の感情に気づくチャンスだ。
もし他者の意見に共感を感じたり、柔らかい感情が芽生えたりしたら、その感覚を見逃さず、根気よく伸ばしていくことが望ましい。
こうした努力を怠っていると、拒絶していた問題が、突然すごい勢いで意識に戻ってきて、自己嫌悪や自己避難に陥りかけない。
こうしたさまざまな問題の根源には、タイプ8が、自分の真の願望をあらわにし、本当の目標に邁進することの苦手さがある。
9つのタイプの中で、もっとも自分の願望に素直に見えるタイプ8だが、実は、本当の願望に無自覚だ。
彼らが、トラブルやケンカを招くのは、衝動を真の願望と覚していることの表われといえる。
衝動とは「囚われ」であり、真の願望とは本質である。

無邪気さと優しさを回復する

タイプ8が、真の願望を自覚するためのキーワードは”無邪気さ”だ。
子どものころから強くありたいと願ってきたタイプ8は、無邪気さを犠牲にしてきた。
甘えたり、すねたり、悲しんだりといった無邪気な反応をせずに、ひたすら強くあろうとしたことで強さへの強烈な「因われ」を育ててしまった。
この無邪気さと再会するためには、恐れること、傷つくこと、苦しむことが、自分の人生にかけがえのないものであると確信する必要がある。
無邪気さとは、自分で何の操作もせずに、先入観ももたずに、世の中の事象と自分の感情を受け容れることだからだ。
タイプ8の無邪気さが疎外されるのは、主導権を握ることや、意見を押しつけることに意識が偏ることが原因だ。

適切に自己認識や状況認識ができるようになると、自らの本質的なエネルギーが確認でき、状況の変化や立場の変化に左右されない自信を獲得することができる。
そしてタイプ8から、もっとも遠かった”優しさ”に出会うことになる。
彼らは、無邪気さを捨てたときに、同時に”優しさ”も意識の奥底にしまってしまったのだ。

本質と出会い、本来のエネルギーを取り戻したとき、タイプ8の権力志向は、大きな仕事や困難な仕事をこなすための巨大なパワーとなる。
これこそ障害に立ち向かって闘い抜く、責任感のあるリーダーシップの典型なのだ。
ケンカをしなくても、テンションは維持され、他人の忠告にも耳を傾けるようになる。
周囲の人間にしっかりそれぞれの立場を示してやることができる。
守るべき自己イメージもないので、自分の欲しいものに直進し、それを達成するようになるのだ。

タイプ9

決断の習慣をつけ、優先順位に従って行動する

タイプ9には、葛藤を避けようとする「囚われ」がある。
そして自分のことを取るに足らぬ、つまらない存在と認識している。
こうした「囚われ」と誤った自己認識による第一の弊害は、決断や選択が極端に苦手な点だ。
自分の意見など、たいして重要ではないのに、自分の立場を表明すれば、必ずなんらかの葛藤が生まれる。
彼らにとって決断や選択をすることは、割に合わないのだ。
しかも彼らには、他者と同化できるという特技が生まれつき備わっている。
だから、誰の意見にも正当性があると感じ、意見の優先順位をつける必然性が感じられないのだ。
この決断を避ける性向は、タイプ9のライフスタイルにも弊害をもたらす。
彼らは、日常生活でも仕事でも優先順位をつけることが苦手なのだ。
彼らは、期限の迫った重要な仕事に手をつけずに、どうでもいい仕事をしたりする。
というよりもっとも大切なことを最後まで先送りするのだ。
生まれてこの方、自分の意思で決断するという行為を避けてきたタイプ9が、社会生活する上で味わうトラブルの多くは、この優先順位をつける能力の欠如によるものだ。
だからまずタイプ9は、自分で必要を感じるか否かを別にして、決断の習慣をつけなければならない。
とはいっても重大な決断をいきなりするのはプレッシャーが大きすぎる。
小さなこと、身近なことから、決意と実行のトレーニングを始めるのだ。
例えば、その日にやろうと思うことを書き出し、それに優先順位をつけ、その順に実行する。
できれば所要時間も決めておくとよい。
また小さなことの決断をできるだけ行う。
何番目の券買機で切符を買うか何色のカップでお茶を飲むか、どのスナック菓子を買うか、などを決断する。
けっして”どれでもいい”と思わないことだ。
いや、どれでもよくても決断するのだ。
決断の回避から生まれる”意識の寄り道”をやめ、さまざまなことを決断するようになると、会話に参加しないようにしている自分、いくつものことを同時に考えている自分、複雑な問題に及び腰になり、相手の動くのを持っている自分、などが見えてくる。
これらは優先順位をはっきりさせようとする努力によって、自分がいかに受身の姿勢で生きているかを知った結果だ。

心の中に浮かぶ違和感の出所を発見する

そして、そんな自分への怒りやいら立ちが表面化する。
タイプ9にとって、怒りの表面化は非常に重要だ。
それは変化のエネルギーであり、自分の立場をはっきりさせるためのなのだ。
だから、たいして腹の立たないことでも、違和感を感じたら、心の中で思っている自分を想像し、悪態をついたり、興奮したりしてみるのだ。
すると実は本心から怒りを感じている自分を発見することがある。
タイプ9は、こうしなければ、本当の感情にたどり着けないほどに、感情にふたをしているのだ。

葛藤を避ける「囚われ」はタイプ9に怠惰をもたらす。
彼らの中には、実際に怠け者もいるが、仕事を怠けたり、朝起きられなかったりといった、身体的な怠惰さとは限らない。
仕事はきちんとこなすが、よりよい筋道をを探したり、集中して能率を高めるといった工夫にかける場合などがこの例だ。
彼らは、一見仕事に身を入れているように見えても、実際には、必要最低限のエネルギーや神経しか使っていないことが多い。
自分でなく習慣が仕事をしてくれている感覚だ。
この惰性で動く感覚は、あたかも睡眠状態のようだ。
意識が、優先するべきことから離れ、大切でない方に移る状態も思考停止という意味では睡眠状態と言える。
タイプ9は、いつ睡眠状態に陥るかを知り、惰性で動いている自分に気づく必要がある。
そうした状態に陥ったら、周囲の活力のある人間との接触を試みるべきだ。
他人の関心事に思い入れる才能のあるタイプ9は、活力ある他者によって、比較的容易に睡眠状態から覚醒する。
この例でもわかるように、タイプ9は、その防衛策として、同僚や環境に人一倍気を使う必要がある。
習慣の生き物であるタイプ9は、自分がいる環境の色彩を帯びる傾向があるからだ。
彼らは、具体的な成功が先に見えるスケジュールや、友人の熱意など、組織だったサポートによく反応する。
環境を変えたり、一定のペースと方法に則って新しい習慣を築くほうが、自分を変えやすい。
タイプ9は、活力を与えてくれる人間との交流を心がければ、生き生きとしてくるのだ。

逆に、よきグループやパートナーがいない場合、タイプ9は自分の内面の無感覚に支配され、「こんなことをしても、それが私だけのためなら、人生は無意味だ」と感じる。
またタイプ9に多くの葛藤をもたらしながら、何の見返りも与えない者が周囲にいれば、彼らは微動だにしなくなる。
何もしないという形で抵抗を示すのだ。
そしてこの岩のようになってしまったタイプ9を再び活動させることができるのも活力あるよき理解者なのだ。

自分自身がもつすばらしさを確信する

このように他者の意識やエネルギーを借りることで、タイプ9は、停滞から逃れることができる。
しかし本質的な自己改革のためには、やはり自分自身の人間としての価値の高さを確信する必要がある。
平安を好む、愛すべき本質をもって生まれてきたタイプ9は、その大らかさから、周囲に見過ごされてきた記憶をもっている。

自己主張をしたり、成果をひけらかしたりするタイプなら、そこには葛藤とともに、周囲の注目を集めるチャンスもあった。
しかし、いつも穏やかで、手のかからなかった子ども時代のタイプ9は、周囲の注意を引きにくかったのだ。
結果的に外界は、自分に目をかけてくれないと考え、自分を卑下し、自分の願望から意識を退け、周囲に無関心になるという「囚われ」を背負い込んでしまったのだ。
しかし言うまでもなく、人間の尊厳に大小はない。
タイプ9は、他のタイプと同様に外界と関わる能力をもち、自己主張をし、自分の人生をすばらしいものにする権利をもっている。
まずタイプ9は、”自分が思っているほど、外界は、自分を無視してはいない”という事実に気付き、肯定的な自己イメージをもつべきなのだ。
これは、タイプ9にとって至難の業かもしれないが、自分をおろそかにしすぎている事実に気付けば、その証拠を確認することはできる。
気づきさえすれば、多少時間はかかっても、ふたをしていた自らの願望は表面化し、自分を適切に表現する能力や物事に向かう意欲を身に付けることになる。

より良いコミュニケーションのポイント

これらの事柄を前提として、各タイプとのコミュニケーションの方法のポイントを紹介しよう。 ここでは、便宜的に「同僚・部下」と「上司」に分けて語ることにする。

タイプ1とのコミュニケーション

タイプ1の同僚・部下とのつき合い方

常に正しい権力を求めているタイプ1は、優れた上司の下に付けば、喜んで決定権を委ねる。
しかし、正しさへの「囚われ」から、上司の間違いや不公平さには敏感だ。
タイプ1は、仕事の目標がわかる明確なガイドラインの設定によって、役割分担をはっきりしてもらうことで安心感を覚える。
責任感が強いので上司を有能と認めれば、責任を果たそうとする。
しかし上司に否定的なら、タイプ1は、無難にこなすことだけを考え、責任を負わない可能性がある。
タイプ1が、相互の信頼を築くためには、きちんとした議論を交わすことが重要で、細部までしっかりと詰めた話し合いが必要と考えている。
責任の範囲をはっきりさせれば、その範囲内での完璧さをめざすことができるからだ。
多くのスタッフのひとりとして、自主的な判断に従って仕事を進めていくと、完璧さの定義ができず、しかも、他のスタッフの仕事の不完全さも気になるので不安を感じる。
タイプ1の部下には、初期に十分な話し合いの時聞を用意し、理路整然とした手順を示し、責任の範囲を明確にすることが得策だ。
また、あいまいなルール変更をしないことも重要だ。
タイプ1は、ルールブックに従っているのに、手順を変更されると疎かにされている、あるいは批判されているような気分になる。
変更が必要なときは、その理由と変更点をその都度示さなければならない。
タイプ1の活力を十分に引き出すには、上司をはじめ、スタッフの仕事への姿勢も重要とな
る。
タイプ1は、他者の能力を尊敬できる状況を好み、上司の仕事に対する評価能力に信頼感をもっていたいと願っている。
また責任転嫁的な態度は我慢できず、逆に「責任はおれが取る」という前向きで責任感の強い上司の下では、非常にはりきって仕事をする。
また、タイプ1が溜め込みやすい怒りへの配慮も重要だ。
フラストレーションを溜めているタイプ1は、明らかないら立ちを表面に出すが、本人はそれを認めようとしない。
いら立っているときには、自分や他人のミスにばかり目がいって、能率が下がり、周囲との関係もぎくしゃくしてくる。
努力にもかかわらず上司に認められなかったりすると、いら立ちはことに高まる。
彼らはもともと権力を信用していない反面、自分が認められ、ふさわしい見返りが与えられるのを期待しているのだ。
まずタイプ1の努力している姿は正当に評価するよう努めるべきだ。
また、たとえ焦点のずれた意見でも彼らの思いをじっくり聞いてあげることが望ましい。
焦点がずれているのは、タイプ1が、彼らの本来の怒りの対象から意識をずらそうとする悪癖に起因している。
小さいころ、小さなわがままで叱られたという思いの強いタイプ1にとって、こうした行為は、小さなわがままなのだ。
それを受け容れてくれる相手にだけ彼らは、心を聞くことができるのだ。
一方、実際に怒りをあらわにするとしたら、それは彼らの信頼の表われとしてむしろ歓迎するべきだ。
彼らにとって、怒りを表現することは、イコール敗北だが、相手が自分の怒りに耳を傾け、逃げずにいてくれれば、敗北感ではなく、安らぎを覚え、感謝の念をもつ。
募った怒りは、彼らにとって非常な重荷であると同時に本当の願望を顧みるための道しるべでもある。
有能な上司は、タイプ1を、組織内で果たすべき役割に適切に規定し、彼らに“正しい”認識と行動を促す。
自分が正しいと確信すれば、タイプ1は、内なる批判者から解き放たれ、自分の間違いも他人の見る目も気にならなくなる。
そしてどんな困難をもいとわず、自分の実力を高め、仕事を終えるまで、疲れ知らずで仕事に励むだろう。

タイプ1の上司とのつき合い方

社会の改善に熱心なタイプ1は、面倒見のよい教師だ。
優秀な部下を大切にする一方で、どのような部下にも最高の仕事をするための道筋を示そうとする。
タイプ1の上司は、何事も明確にすること、正確な情報の伝達を求めており、定義と情報伝達によって人の能力が大きく変化することを確信している。
その意味でタイプ1の上司に対しては、自分が今、どのような方向性で努力しているかをいとわずに報告するべきだ。
また自分の仕事の進め方について、何か問題点があったら、指摘してほしいといった依頼をタイプ1の上司は歓迎する。
よい関係を保つために適切な場で助言を求めるようにしたい。
また、過ちを認められる部下や、明らかに自分より劣っている部下に対しては、批判的でないばかりか、非常に慈愛的な態度で接する。
自分の間違いを認めながら、一所懸命に働く部下や逆境に向かって進む部下をタイプ1は我慢強くサポートする。
ミスを犯さない人聞は敬意の対象だが、間違いを認める人間や努力を怠らない人間も好意の対象なのだ。
その意味で、タイプ1の上司とよい関係を築くには、謙虚さと努力がポイントと言える。
彼らは、なすべきことについて非常に敏感なので、仕事に迷いのないときは、適切なディレクションのできる有能なリーダーだ。
ただし、重要な意思決定を先送りする傾向があり、特にリスクが高いものは遅れがちになる。
この点は、リーダーとしてのタイプ1のウイークポイントだが、これも間違いを恐れるという「囚われ」によるものだ。
こうした上司の決断を促すには、主義の正しさや善悪という観点が重要となる。
タイプ1は、“正しいものに向かっている”という確信がもてると、職務完遂のために突き進むことが可能となる。
もしタイプ1が溜め込んでいる怒りを代弁するレベルまで、あなたが上司の内面を把握していれば、その怒りの代弁は、タイプ1のあなたへの信頼を確実なものにすることにつながる。
内面に批判者のいるタイプ1は、暴君になることがなく、不公平な上下関係を憎んでいる。彼らは、組織内の不公平さを矯正し、可能な限り自由な環境をつくろうと努力しているのだ。
ただし、あまりにも自分と異なる意見を許容することは苦手なので、会議などの際に真っ正面から対立意見をタイプ1に述べると、非常に居心地の悪さを感じる。
常にタイプ1の上司を否定しないトーンで意思の疎通を図り、相互の意見の接点を膨らましていく形のプレゼンテーションを心がけるとさまざまな実績を共有することができるはずだ。

タイプ2とのコミュニケーション

タイプ2の同僚・部下とのつき合い方

他者の能力や性格を読む能力を磨いてきているタイプ2は、どのような場に行ってもそこで誰が権力をもっているかをすばやく察知することができる。
そして有力者と目した人聞に無批判に憧憶を抱き、献身的であろうとする。
上司の行動の要所要所で見せる有効な気働きは、上司にとって非常に好ましいものに映る。
彼らのこうした姿勢のめざすものは権力者に自分の欲求を満足させてもらうことだ。
権力者の役に立つ存在になることで愛情を得ようとしているのだ。
タイプ2は、上司への献身の見返りを期待していることをまず認めないが、実際には権力者に対する要求は厳しい。
そして欲求を満足させてくれない場合には、いらいらを募らせ、ときとして不満を口にする。
この不満も「私が、ここまで献身していることをわかっているでしょうね?」と主張するための行為なのだ。
タイプ2は、仕事に関して相手に自分の存在を認識してもらいたいと考えている。
つまりビジネスが成功したとき、その功労者のひとりとして名を連ねたいという功名心だ。
だから献身自体は評価しながら、その献身が業務推進への一助となっているという認識を上司が示さない場合には、非常な不満を覚える。
タイプ2は、自分でも意識はしていない場合が多いが、組織において不可欠な存在になりたいという願望をもっているのだ。
彼らにとって「君なくしてこの仕事の成功はありえない」という言葉ほど充実感をもたらす言葉はない。
タイプ2は、関わりをもっビジネスにもっともふさわしいキャラクターになり切ることに非常に長けている。
上司の反応が好ましいものなら、まるで天職のように嬉々として仕事に取り組む。
しかしこのタイプ2の献身が、本心からのものか、見返りを期待する行為なのかの見極めは難しい。
本人さえも、どちらかわからないことが多いのだ。
そしてこの驚くべきなり切りは、組織において、非常に効果的なキャラクターで、多くのタイプ2は、その組織の中で権益を得られるポジションを確保する。
それはときとして周囲からは、ごますりや媚の賜物のように映るが、タイプ2にとって、それはごく自然なビジネスの手法なのだ。
上司が、タイプ2に正当な見返りを与えない場合、彼らは、非常に興味深い対応をする。
タイプ2は、常にパワーエリートとの身内付き合いを重視し、自分の願望をそのパワーエリートを通じて実現しようとしている。
しかし、例えば、課長が、万全のサポートにもかかわらず自分の功績を認めない場合には、部長に献身し、特権を得るための操作を行ったりする。
つまり黒幕や陰の権力者への志向を示すのだ。
タイプ2は、トップに立とうとはしない。
彼らは、たとえトップになる力量があってもトップをサポートする立場を好む。
だから味方につけておけば、役に立つ部下だが、敵に回ると意外と手ごわい存在となる。
一方、タイプ2は、自主的な献身は、身を粉にしても行うが、上司が、頻繁に主導権をアピールしたり、高圧的な態度を続けると、威圧感を感じ、“利用されている”という疑念を抱く。
こうした際にも他の実力者に翻り、環境を操作しようとする傾向がある。
有能な上司は、強いリーダーシップを発揮しながら、常にタイプ2の仕事に目をかける。
そしてタイプ2が、どれだけ役に立ってくれているかを伝える。
またタイプ2に非難の矢面に立つ法務や苦情係などの役割を期待しない。
彼らの“人に喜ばれている”と信じたい願望は非常に強いものなので、人の役に立っているという実感があれば、大きなパワーを発揮するが、非難を受付続けるとそのパワーは霧散してしまうのだ。

タイプ2の上司とのつき合い方

タイプ2は、権力者に自分のアイデンティティを同化させ、権力者が望ましいと思う姿に順応する能力をもっている。
タイプ2のリーダーは、一見独自に判断を下しているように見えるが、その判断は、重要人物の意見を反映していることが多い。
彼らは、絶対的な価値観をもつことが得意ではない。
彼らの意思決定の優先順位は、他者の動向によって変化しやすく、決断のたびに目的を変更することがある。
この巧みな変身で、幅広いエリアに共感者をつくることができ、「世渡り上手」で「根回し上手」としてビジネスを展開する。
またこうした上部との関係の中で、貴重な情報を手に入れることが多く、この情報もまた上部に気に入られるための武器としてフル活用する。
タイプ2の上司が、重要人物の目に止まることに執着し、尊敬を集める権力者に対して弱腰な場合、その姿は、部下の目に決して好ましく映らないが、自らの主張やポリシーに固執する上司より有能ともいえる。
彼らは、人の才能を見る目をもち、人間関係さえうまくいっていれば、物質的な見返りを期待せずに仕事に精を出し、積極的に人と接し、相手の気持ちを引き出すことができる。
その旺盛な順応性と社交性で、あなたの提案するプランをスムーズに通してしまったりするのだ。
ただし上司としての問題点がないわけではない。
いかなる場合にも拒絶を避けたいというタイプ2の「囚われ」が強い場合は、理解ある部下を集めてグループをつくりたがるが、これはイエスマンの集団になる危険性をもっている。
また上部への並々ならぬ配慮の副作用として、部下にムラ気な面を見せることも多い。
部下に好かれたがったかと思えば、部下を疎んじたり、癇癪を起こし、すぐにケロッとしたりといった態度は部下を当惑させる。
また有能な人間への依存を好むタイプ2は、部下に関しても、有能と考えるか無能と考えるかで、扱いが変わる傾向がある。
彼らは、他者の才能を見極める能力がある上に、付き合う価値があるか否かという基準で他者を見る傾向があるので、「価値がある」と判断した部下に対しては、ラブコールを惜しまないが、「価値がない」と判断すれば、腰の低いていねいな態度をとりながら、明らかに見下したような態度をとったりする。
こうした分け隔てや気分のムラを露骨に出されると、部下として敬意を抱くことは難しいが、それが彼らの「囚われ」の産物であるという認識をもてば、タイプ2の上司は、人のよい戦略家であり、あなたと上層部とのパイプ役として有能な存在と言える。

タイプ3とのコミュニケーション

タイプ3の同僚・部下とのつき合い方

働き者で意欲と知恵を発揮し続けようとするタイプ3は、多くの場合、企業において、優秀なスタッフだ。
努力の甲斐があるポジションを好み、自分が突出できる環境に自分を導き、そこで成果をあげることに遁進するタイプ3は、営業、プロモーション、マーケティング、セールス、広報・広告など幅広い職種への適応があり、一見、管理が不要のように思える。
彼らは、ビジネスにおいて何を優先すべきかをわきまえており、競争に強く、グループ内での主導権争いなどに精力を傾ける。
一方、いったんチームプレーに思いが向かうと、グループのモティベーションを鼓舞し、隠れたリーダー的な役割も演ずるので、上司は、タイプ3のやる気を維持するだけで、グループは円滑に機能する。
しかし、優秀でなければ愛される資格がないと信じているタイプ3にとって、勝者であることは強迫観念なのだ。
あまりに役割になりきってしまい、甘言だけに耳を傾け、苦言を拒否する。
上司の忠告やアドバイスも「しかし仕事はうまくいっています」「待っていてください。結果は出しまずから」といった言い方でかわす。
その意味では、上司にとって、もっとも管理しにくい相手でもある。
タイプ3の第一の欠点は腰が落ち着かない点だ。
彼らが、現在の仕事に集中することは少なく、意識が次の仕事に移りやすい。
現在の仕事の成果が読めると、それを終わらせて次の仕事でさらに大きな成果を得ようとするので、集中力を欠き、仕事の質が損なわれることもある。
また成功への過度の執着から、タイプ3は、明らかな失敗であっても、それを部分的な成功と考えたり、他者の責任にしたりする。
危なっかしい計画から逃げたり、絡まった人間関係から抜け出し、急いでもっとよいものに移行しようとする。
この腰の落ち着かなさは、失敗しそうな仕事や成果を上げにくい環境を回避する「囚われ」の産物だ。
上司は、そうした時には、今の仕事に全力投球することを命じ、仕事の質をチェックしなけ
ればならない。
また失敗は、失敗として認めさせなければならない。
やる気を喪失しないような配慮は必要だが、同時にひとり善がりさや性急さに対しては厳然としたタイプ3は、往々にして態度をとるべきだ。
他の部下より業績を上げるので、ついつい見過ごしがちだが、彼らが健全に成長するためには、とどまって周囲をゆっくり見渡す余裕が必要なのだ。
タイプ3は、自己イメージを高めるために、それぞれの場にふさわしい態度や会話を心がけるので、一般的には、交際範囲が広く、誰とでもうまくやっていける。
しかし、成功するためなら手段を選ばないという悪癖があるので、目標を眼前に掲げ、それに向かって遁進しているときは、他者への思いやりの感覚は欠如し、同僚や後輩との聞に感情的なトラブルを招きやすい。
ことに能力の不足した人間や、自分の感情が足かせになる人間に対して、タイプ3は寛容さを示すことができず、不快感を表面に出すので、周囲から反感を抱かれやすい。
上司は、他者への思いやりも実力のうちであることを示さなければならない。
タイプ3に立ち止まって、考えるチャンスを与えないと、成功者としての自己イメージは増長され、「課のため」「会社のため」と信じ、真の願望を無視し、倒れるまで働いてしまう。
楽観的な成功者というイメージに固執するタイプ3は、感情に向き合うことを非常に嫌うが、仕事の失敗や病気、左遷などでスローダウンを余儀なくされたとき、否応なしに本当の気持ちと向き合うことになる。
これは、彼らにとって、きわめて恐ろしい状況で、立ち直れないほどに打ちのめされる。
心ある上司は、タイプ3に対して、成功以外にも人生にはたくさんの価値があることを伝え
る。
タイプ3の多くは、悩むことが嫌いな自分や、内面に抑え込まれた真の欲求があることを知りながら、認めたがらない自分に気づいている。
そして自分の感情と向き合っても、彼らのエネルギーや能力は少しも損なわれないのだ。
タイプ3との信頼関係を築き、成功への「囚われ」がいかにリスクを背負ったものかを語り、自分の感情との対峠を勧めるなら、タイプ3は、人間的な魅力を回復し、本当の意味で組織に貢献する有能さを備えることになる。

タイプ3の上司とのつき合い方

タイプ3は、組織の規範に順応し、その模範になるために、まさに典型的な上司像を演じることができる。
カリスマ的なリーダーシップというイメージを重視し、上層部に並々ならぬ存在感を示し、部下の尊敬を集めることにエネルギーを傾げる。
意識が外部に集中しているため、どんなことでも他者から自分への働きかけと感じ、部下とのやり取りにも必ず自分なりの見解や回答を出そうとする。
期待を抱く部下と成功を分かち合いたいといった願望も強く、優秀な部下を殻から引き出したり、マイナスの感情をプラスに転化したりすることには長けている。
裏方的な貢献も惜しまず、将来の成功への楽観をもたらしてくれる。
細かいことを気にせず、目標への道筋を示す姿は、部下にとっても得るものが多い。
このように頼りになる上司というイメージの強いタイプ3だが、自分の気持ちを意識するのをやめてしまうと、ワーカホリックな面が強調され、部下にも仕事人間であることを強要する。
彼らにとって、プレッシャーで萎縮したり、私生活がうまくいかないことで仕事が手につかないという、あたりまえの現象が理解しにくい。
タイプ3の上司の自信は、実績に裏打ちされた非常に強固なものだから、タイプ3の上司の「囚われ」を根源的なレベルで矯正することは難しい。
いかに正論であっても、個人的な反対や不満は“負け犬の遠吠え”としか受け取らない。
タイプ3の上司に、意見を聞き入れてもらうには、彼への敬意をしっかり表明し、こちらに
対する注意を喚起する必要がある。
タイプ3は、自分の能力と業績に敬意を抱く相手には比較的寛容なのだ。
そしてタイプ3の上司の部下への思いやりが、結果的によい仕事をし、よい成果を導き出すために必要なことである点を強調するべきだろう。

タイプ4とのコミュニケーション

タイプ4の同僚・部下とのつき合い方

タイプ4に服従という概念はない。
彼らにとって、企業で働くというのは、自分の能力が認められ、その能力によって企業に貢献することを意味する。
彼らの意識の中では、企業と自分は、対等なギブアンドテイクの関係にあるのだ。
彼らが、従順に従うのは、彼ら自身がとびきり高いステイタスを有すると認める相手に対してだけである。
高いステイタスの条件は、地位、能力に申し分なく、感性やライフスタイルの点で高貴さをもっていることだ。
タイプ4は、こうした権力者に深い尊敬の念を抱き、自分のユニークな才能を認めてもらい、世話を焼かれたいと思っている。
彼らにとっては「選び抜かれた人々から選ばれる」というのが無上の喜びなのだ。
自分が、その質を認めた人聞に愛されたいと願っているのだ。
その一方でタイプ4は“小さな権力者”を無視する傾向がある。
小さな権力者とは、能力的に自分より劣るが、地位として、自分より高い上司である。
こうした志向をもつタイプ4を管理するのは至難の業だ。
上司を小さな権力者とみなせば、それを避ける。
彼らは、通常のルールは自分に該当しないと考える傾向があるので、「みんなやっていることだから、君だけわがままを認めるわけにはいかない」という叱責はぴんとこない。
上司が尊敬できれば、その人のために自分の能力を存分に使い、認められようとする。
上司への態度はケースバイケースなのだ。
逆に上司が敬愛に値するか否かは別にして、認められない場合も当然ありうる。
そうするとタイプ4は、仕事から腰を退き、別の世界に活路を求める。
しかし、もし仕事上の問題がある場合には、タイプ4は、認められていない、評価されていないという感覚をもっている証拠であり、上司としては、まずタイプ4の魅力的な部分を評価してあげることからスタートするのが望ましい。
タイプ4は、自分を評価してくれる相手には心を開くことができるのだ。
心を聞けば、上司の忠告に耳を貸すことができる。
部下の中には、ほめることで図にのるタイプもいるが、タイプ4の自尊心は基本的に低いので、“図にのる”という心配はない。
一方、タイプ4が、意欲的に仕事をし、その成果が上がっていれば、直属の上司か否かは別にして、上司に敬愛の念を抱いていることになる。
タイプ4のユニークでハイセンスな能力が発揮されているのだ。ただしこの場合にも、彼らの仕事の成果を常に評価してあげることが望ましい。
複数の部下を競争させて、向上心を促すのは、上司の常套手段だが、タイプ4に関しては、ライバルを用意して、レースを行わせようとすると逆効果になりやすい。
タイプ4は、実力を測られることが嫌いだ。
またライバルの方が有利だと嫉妬心から、実力を出すことができなくなる。
下手をすると相手を「出し抜こう」と策を労すことになりかねない。
彼らは、「この仕事は、ぜひ君にやってほしい」という特別視によって、やる気が湧き起こる。
とにかくタイプ4は選ばれたいのである。
またタイプ4は、頻繁にオーバーな感情表現をする。
豊かすぎる感受性に周囲が戸惑うこともある。
こうした場合に、できればそれを指摘しない方が得策だ。
彼らにとって大げさな表現やドラマチックなイメージは、自分の低い自尊心を補うためのものだから、「何をオーバーな」と一笑に付したり、非難すると、彼らは反感を感じたり、傷ついたりする。
賢明な上司は、タイプ4の自尊心のメンテナンスに心を配る。
そして彼らのもつ特殊な能力に目を向け、それを生かすように職場でのポジションを按配する。
敬愛すべき上司の下にいるタイプ4は、物質的、地位的見返りがなくても、満足感を感じながら、自分の能力を独創的に活用することに専念することになるだろう。

タイプ4の上司とのつき合い方

タイプ4は、真の才能や他者の感情を見抜く目をもち、模倣や繕いも素早く見抜く。
タイプ4の上司は、外見から職場の雰囲気まで幅広いテーマにはっきりした自分のスタイルを打ち出す。
そして、たとえ安っぽい仕事にも、ユニークさや美しさを見出し、ビジネスの場にすばらしい可能性を探し出すことができる。
また、深い悩みとずっとつき合ってきたタイプ4は、部下の落ち込みや悲しみへの理解があり、部下が元気をとり戻すまで、辛抱強く支える。
ただし上司として厄介な部分も少なくない。
まず第一にむなしさと絶望感を頻繁に感じる点だ。
これは、彼らの癖のようなものだから、あまり深刻に受け止める必要はないが、こうした状況のときには、あまりシビアな会話は避けた方がよい。
第二に喪失感と低い自尊心ゆえに、あまりにストレートな部下の進言に対して、傷つけられ
たと感じたり、攻撃されたと感じることがある。
タイプ4は、他者から理解されにくいという意識があるのだ。
タイプ4の上司に進言する際には、ソフトな物言いを心がけ、相互の理解を深めたいという意思をしっかりと伝えることが望ましい。
第三に自己嫌悪と差恥の感情があるので、部下の裏切りを常に想定し、それを恐れているところがある。
“自分は部下を失望させているのではないか?”“上司としての役割を果たしていないのではないか?”という自責の念を常にもっているのだ。
逆に忠誠の誓いなどをされると、非常に重荷になるので、対処が難しい。
このタイプ4の上司の複雑な意識に応えるには、日常的に敬愛の念を表し、職場における満足感を折にいって告げることが好ましい。
タイプ4の上司は、こうした敬愛の念に安心感を覚えても、それを逆手にとって部下を利用しようとはしない。
タイプ4は、自分の仕事に欲張りな面がある。
それは仕上げたものが独創性に富んでいなければならないという「囚われ」の表われだ。
またひとつの仕事を仕上げ、評価を得ても、すぐに新たな喪失感から、次の仕事に意識を向け、満足することがない。
ほめることも得意ではないので、部下も欲求不満を感じることになりやすい。
しかしこの姿勢は、創造性を要求される仕事においては価値ある武器でもある。
彼らの思いに、可能な限り応えることによって、部下もまたタイプ4のもつ独創性追求の道筋を学ぶことができるはずだ。

タイプ5とのコミュニケーション

タイプ5の同僚・部下とのつき合い方

人間や物事から適切な距離を保てるタイプ5は、雑事に惑わされることなく問題の本質を把握することができる。
知識の収集にも分析にも長けているので、クールなブレインとしての活躍が期待できる。
功名心も少ないので長期プランや目立たないが貴重なプロジェクトを発案したり、縁の下の力もちとして働いたりすることを好む。
どのような仕事でも、タイプ5の部下にはアドバイザー的な役割を与えると業務はうまく進行する。
職場におけるタイプ5の問題点は、時間やエネルギーを他者にゆだねることを好まない点だ。
自分のエネルギーに限界を感じていて、人間関係に疲労しやすいからだ。
貴重なエネルギーを人に提供したくないために、自分の殻に閉じこもり、管理されることを拒絶すると、上司としては扱いにくい。
特に自分の職務の範囲や相手の期待がわからなかったり、事情が変わりやすいときは、疲労
しやすく、拒絶感は強い。
タイプ5は、論理的な説明を好むので、仕事を指示する場合には、その内容や目標を十分に説明し、十分な情報を提供する心がけが必要だ。
また状況の変化は逐次報告することが望ましい。
多くの場合、上司は、地位や収入などを仕事の報酬として用意して、部下をコントロールするが、タイプ5の部下は、肩書きや給料などの提供を「時間やエネルギーを消耗させるためのたくらみ」と考える傾向がある。
自分の仕事環境への裁量権がなくなるなら、昇進すらしたくないと考えている。
逆に自分で環境を選べるなら、多少理不尽な暴君の下でも悩まずに働ける。
タイプ5の能力を十分に発揮させるには、時間的な余裕とできるだけ多くの自由裁量権を与えることが望ましいのだ。
またタイプ5は、仕事が順調に進展しても、上からのプレッシャーを感じると逃げ腰になることが多い。
「いよいよ正念場だ。成功の鍵は君が握っているんだぞ」といった言葉は、単なる励ましの言葉だが、タイプ5は、この言葉に圧力を感じ、急に休暇をとったりといった奇行に走ることもある。
タイプ5になんらかの圧力をかけるときは、よきにつけ悪しきにつけ慎重でなくてはならない。
多くの場合、圧力をかけることは、よい結果を招かない。
フランクな人づき合いが苦手なタイプ5は、日本企業に多い酒を介した交流や欧米で一般的な家族ぐるみの交流を好まない。
彼らが、もっとも人間的でいられるのは、ひとりで部屋にいるときなのだ。
これは他のタイプの人聞には理解しがたい感覚だから、飲み会などにひとりだけ誘わないのは気の毒だと気を使うが、そうした気づかいはタイプ5に関してはそれほど重要ではない。
彼らは、他者との交流を後でひとりで反芻する方が感情の豊かな面を味わうことができる。
タイプ5は、まず頭で他者との信頼関係を確認し、それから感情レベルの信頼感を備えるのだ。
喧喋の中での会話で、信頼するに足る相手かを即断することがタイプ5は苦手なのだ。
もしプライバシーを重要視するタイプ5が、自分の秘密を打ち明けたとすると、それは、大きな信頼の表明と言える。
彼らは、お互いの秘密を打ち明けることに個人的なつながりを感じるので、上司も、自分の内面を打ち明けると深い信頼関係を築くことができる。
タイプ5にとってプライバシーのやり取りは苦手なことだけに、それを行った相手は特別な存在となるのだ。
タイプ5が、職場の同僚との聞に軌礫をもたらすことも多い。
彼らは、気楽でいられるはずの職場でもポーズをとり、感情と距離を保つから、誰もがそらぞらしさを感じるのだ。
上司としては、それがタイプ5の特性であることを前提にして、周囲へのフォローをし、本人にもアドバイスをしてあげることが望ましい。
また仕事を指示する場合でも、間に誰か介在すると、タイプ5は、その真意を測ることに執着するし、心を惑わされるので、依頼する上司が直接話をすることが望ましい。

タイプ5の上司とのつき合い方

タイプ5が、人前に出るときはポーズをとっており、その場には溶け込んでいても、感情の起伏は最低限に抑えているので、表情に乏しい傾向がある。
彼らがポーズをとるのは、そのポーズが安全な隠れ家の役割を担っているからだ。
そのようすは、他者に関心のない冷たい人間に映るが、彼らは、十分に部下に心を配っている。
彼の目は観察者の目だが、そこで得た情報を、タイプ5は、ひとりになって反芻する。
彼らは、言葉をともなわないコミュニケーションに敏感で、部下の予測以上の情報を把握しているのだ。
自分が管理されることを好まないタイプ5の上司は、部下に対しても必要最低限の管理しかしない。
彼らは、自発的な感情が生まれることを避け、特に対立を生むような場面を忌避する。
部下との間に対立が生まれると、多くの場合、上司の方が引き下がる。
タイプ5の上司は、自分が矢面に立たずに業務が円滑に推進されることを望んでいる。
できれば陰のブレインとしての役割を望んでいるのだ。
セクションが、多くの人と会わねばならない業務の場合、部下がその仕事を引き受けるとタイプ5の上司は、非常に感謝する。
タイプ5の上司は、部下として仕事を覚え、活躍するには理想的だが、それだけに部下の責任は大きいことを認識しなげればならない。
指示待ち型の姿勢では、物事は進展しにくいのだ。
もちろんタイプ5の上司の下にいると、自分が動く立場であり、上司のアクションを促す立場であることは早晩理解するようになる。
またタイプ5の上司は、部下との対決シーンを好まない。
何か問題が生じた場合にも、感情的な面から対決を挑むと、タイプ5の上司は当惑し、解決の意欲を失う。
あくまでも論理的な話し合いを心がけるべきなのだ。
そうした話し合いの中で、タイプ5の上司は、貴重で的を射たアドバイスを静かに語る。
非社交的に見えるタイプ5だが、意外と交際範囲は広く、特に専門知識をもつ優れた人材との個人的なつながりをもっているケースが多いので、人的なアドバイスの質にも期待できる。
タイプ5の上司が好むのは、時間と議題がしっかりと決まっている会議やひとりの時間とスペースだ。
さまざまなスタッフが、あれこれと指示や相談をすると、効率が悪くなる。
なるべく多くの時聞をひとりにしてあげる配慮が、タイプ5の上司との円滑な関係には望ましいのだ。

タイプ6とのコミュニケーション

タイプ6の同僚・部下とのつき合い方

タイプ6は、強い保護者を探し、従順さを示し、彼に守ってもらいたいという意識と疑念的な立場で権力に反抗することの間を行き来しながら、不安感を和らげようとする。
子ども時代からの経験でタイプ6は「弱くて臆病な自分を守ってくれる」権力者への依存心と「自分を脅して弱みにつけ込む」権力者への反抗心を身に付けたのだ。
社会生活を送るとき、タイプ6は、従順さを示すことが多いが、根底にあるのは常に権力への不信感だ。
自分が、権力者に利用されることを恐れる一方で、行動力とパワーのある人聞を高く評価する。
この評価は、往々にして過大評価のレベルにまで至り、強いリーダーを求める願望と強いリーダーへの畏怖の念を同時に抱かせる。
タイプ6にとって、強いリーダーはすばらしいが、怖いのだ。
タイプ6の部下は、上司をもこうした意識で眺めている。
権力をもつ者が、彼らには、実際よりずっと強く見えるのだ。
特に怒りは恐ろしいので、怒っている上司は、すべて怖く見える。
タイプ6の部下に対し、上司は、ガラス細工に触れるような繊細な配慮が必要だ。
リーダーに身を委ねるのは、そのリーダーが公平で、公正であることが条件だ。
リーダーに言行不一致などがあると、タイプ6はとたんに不信感を抱くようになり、過剰反応によって反抗する傾向がある。
プロとしての一貫した意識や優れた能力など、簡単には損なわれない規範を示すと、タイプ6は敬意を抱く。
上司が、一貫性と正しさを心がけることが、何よりも重要なのだ。
さらに会話は、率直さを心がけねばならない。
タイプ6は、利用されることを恐れているため、人の表面的なイメージや演出を見透かそうと常に目を光らせている。
人をじっくり観察して心を読もうとするのだ。
率直さは、こうしたタイプ6の悪癖を表面化させない。
率直な対応に徹することで、彼らは、裏のないことに安心感を覚える。
上司に信頼を寄せ、上司の対応が率直であれば、タイプ6は、非常に素直に忠告を聞き、誤
りを認める。
自己イメージに固執しないタイプ6は、間違いさえ認めてしまえば、自分をさらけ出すことができる。
彼らは、ふだん見せない内面を見せ、それを認知してくれるリーダーに揺るぎない忠誠を誓おうとする。
タイプ6は、綿密で繊細なアイデアを多く生み出すが、自分の意思で行動するのが怖いために、物事をなし遂げるのが苦手だ。
どれほどよいアイデアでも、すぐに疑問視するので、考えるばかりで行動に移れないのだ。
ことがうまく運び、目標が具体化してくると不安感はさらに高まる。
つまり注目や成功に近づくにつれ、物事を先送りしたくなるのだ。
彼らが動揺するのは、自分の能力をも疑っているからであり、注目を浴びれば、悪意ある権力者の横槍が入ると思い込んでいる。
こうした不安感や疑念は、信頼できる強いリーダーの存在によって、大きく低減される。
「君のアイデアはきっとうまくいく。僕がサポートするから、安心してやり遂げろ」という上司の言葉に勇気づけられるのだ。
「そんなに臆病じゃ、何をやってもうまくはいかない」といった突き放した言葉をぶつけると、不安につぶされかねない。
通常の業務では、指揮系統がはっきりしているほど実力を発揮する。
“何をしたらまずいか?”“何をしたらいいか?”といったことに迷う必要がなく、安心して仕事ができるからだ。
またタイプ6にとって敵味方という概念は非常に重要だ。
いったん味方を決めてしまえば、自分の役割は明確になり、リーダーの意図も非常に明らかなため、味方への忠誠を尽くすことができる。
一方でタイプ6の不信感や優柔不断さは、便利な道具でもある。
権力者への不信感は建設的な批評となり、優柔不断さはアイデアの再評価を可能にする。
疑うことは、科学的な姿勢であり、往々にして独創的なアイデアの糧となるのだ。

タイプ6の上司とのつき合い方

タイプ6は、職務内容と命令系統がはっきりしているとき、忠実な戦士として能力を発揮するが、強い相手に反発するときにも大きなパワーが生まれる。
本当の敵が見つかると、タイプ6は、恐怖対抗型になり、分の悪い勝負に勇敢に挑むのだ。
彼らは、壁際に追いつめられ、生き残るための闘いを強いられると力が湧いてくる。
最高の仕事環境の中では成果が得られなくても、苦境の中ですばらしい仕事をしたりする。
これは、臆病でガラス細工のようなイメージのタイプ6とは、あまりにかけ離れたものだ。
彼らは、自分の意思で成功に導くことは苦手だが、厳しい環境の中で他者のために格闘すると意外な能力を発揮するのだ。
まさに激戦を闘ってきた兵士のように、彼らは順境より逆境の方が性にあっているのだ。
タイプ6が上司になると、部下の立場に共感し、犠牲をいとわずにグループの理想に向かって闘うことが多い。
部下の誠実さが確認でき、信頼できれば、分の悪い挑戦もできる。
その意味でタイプ6にとって敵味方という概念は、非常に魅力的で、自分のグループに味方がいると確信できれば、その味方との連帯感や忠誠心でエネルギーを傾注できる。
こうした点から言えることは、タイプ6が、多数派のリーダーより、少数派のリーダーに向いているということだ。
彼ら自身、目の前の成功に比較的無関心で、名声という見返りを期待しないから、多数派のリーダーになることは好まない。
タイプ6の上司をもった場合には、まず誠実であること、そして味方であることを、しっかり意思表示することが望ましい。
ただし分の悪い勝負は、時として危険なので、冷静に状況を読み、場合によっては、上司を押しとどめることが必要な場合もある。
逆にタイプ6の上司は、人の真意を読むことに巧みで、ほめ言葉には懐疑的だ。
彼らは、ほめ言葉を簡単には信用せず、賞賛も言葉通りには受け取らない。
彼らに表面的な賛辞を贈ることは、不信感の種になりかねない。
タイプ6は、言説の矛盾を見つけ出すことにも長けているので、首尾一貫した、率直さが何よりの宝に見えるのだ。
通常、タイプ6の上司には、仕事の先延ばしという悪い癖がある。
特に自分に分がある勝負では、慎重になりすぎて優柔不断になる。
余裕があると、心配性が姿を現わし、周囲の行動の裏を読もうとするのだ。
勝ちが確実なら、今度は、成功して、新たな脅威にさらされることが怖くなる。
臆病にして逆境に強いという奇妙なキャラクターをもっタイプ6との聞に信頼関係を築くには時聞がかかる。
しかし信頼関係さえあれば、彼らは、部下の味方であり、上層部に卑屈な迎合をすることはない。
誠実と公正を重んじる愛すべきリーダーなのだ。

タイプ7とのコミュニケーション

タイプ7の同僚・部下とのつき合い方

タイプ7は、自分の上にも下にも人がいない状況を好む。
彼らは、巧みに権力者の支配を均一化しようとする。
仕事に関して、自分の職務の責任しか負う気はなく、“私に指図しないでほしい”と思っている。
彼らは、自分の自由が奪われると猛烈に反発する。
罪のない程度に反体制的というのが、タイプ7のスタンスなのだ。
タイプ7は、会社での立ち回りがうまく、要領もよい。
自分は正しく、魅力があると考えているために、他者を自分の視点に招き入れようとする。
権力者といえども脅威として把握することがないので、一見、なめているようにも見える。
人間関係にも楽観的な彼らは、権力者ともうまく話せば、よいポジションをとれると思っている。
その典型的なアプローチは、明るさや愉快さという持ち味を活かして権力者に近づきこれを懐柔するというパターンだ。
タイプ7は、プロジェクトを楽しいと感じている限り、一所懸命働く。
アイデアマンであるタイプ7は、プロジェクトの初期段階に、クリエイティブなプランニングやイノベーション、そしてスタッフの士気を高めることに才能を発揮する。
彼らが、ガイドラインを逸脱せず、好き勝手に改良を加えない限り、有能さは評価に値するものだ。
だが発案段階や計画段階を過ぎてしまったプロジェクトには熱意を失いやすい。
プロジェクトが軌道に乗りかけると興味が徐々に薄れ、特に未知の可能性が消えるころには、苦痛すら感じる。
そして興味を持続させるために上司のルールを曲げ始めることもある。
タイプ7は、自分のアイデアと新しい概念を関連づけたり、矛盾点から新たな法則を見出したりすることに意欲的で、非凡な才能を発揮する。
そこで適職は、新しいアイデアの提案・リサーチ任務やネットワークづくり、さらに広報的な仕事ということになる。
一方、発展性の乏しいルーティンワークを任せるのは得策ではない。
ナルシストであるタイプ7には、理想化された自己イメージがあり、少し努力すれば、どのようなことでもできるという自信がある。
この自己イメージの理想化によって、実質的・実践的な道筋を描き、そのための努力を覚悟することが苦手だ。
だからおもしろいが実現性が薄いアイデアにこだわったりする。
彼らには、アイデアさえあれば、努力なしにでもよい仕事ができるといった思い込みがあるのだ。
しかも、それを否定する人たちを、発想の貧困な人間と見下す傾向もあるのでなかなか難しい。
ただし当然ながら、上司は、アイデアの先にある実践の困難さを直視することをタイプ7に
教えなければならない。
その際は、感情的に未熟であることを指摘するより、論理的に解説をした方がよい。
思考中枢のタイプ7は、論理的な解説には、比較的素直に納得する。
ただし楽観主義とナルシシズムのタイプ7に、苦痛と向き合うことを教えるのは至難の業だ。
そこで重要になるのは、決して否定から入らない工夫だ。
タイプ7は、批判的な上司の話を耳に入れようとしない。
彼らのアイデアをまず肯定し、新たなテーマを与えるのだ。
非現実的なアイデアは、多くの場合、日の目を見ないが、万が一、実現への道筋が発見されれば、それこそ名案ということになる。
ただしひとつのプランを完成させるまで、きちんと責任を全うすることを条件にするべきだろう。
タイプ7は、知的でクリエイティブな作業に無上の楽しみを感じる。
物事のよい面を見ることも、苦痛を避ける「囚われ」であると同時に、他のタイプには真似のできないタイプ7の才能だ。
こうしたエネルギーは、閉塞感を打破するためにときとして、非凡な解決策を生み出す。
倣慢さやひとり善がり、胆力のなさを上手に矯正していくなら、ムードメーカーとしての才とともに、企業の発展に貢献する人材になるはずだ。

タイプ7の上司とのつき合い方

タイプ7は、愉快で明るい性格で、話がうまく、物事を疑わない。
往々にして仕事も幅広くこなすので、職場での人気も高い。
またタイプ7の上司は、部下の監督業務、とりわけ直接の指示や執行にはタッチしたくないと思っている。
そして全員が同等の参加者という位置関係を実現しようとする。
このタイプ7の幅広い能力と平等感覚は、部下にとっても好ましいものだが、タイプ7のガイドラインは大まかすぎて具体性に欠け、リーダーシップの方向性が暖昧になるきらいがある。
彼らは、思い付きレベルの計画を次々と発案する傾向がある。
また物事のよい面を見ようとするから、部下の発案にも、肯定的な返事をしやすい。
しかしこれをすべて真に受けると、周囲は振り回されるはめになる。
タイプ7の上司の下で生産性を高めるには、具体性という観点でプランを吟味するマインドを部下がもたねばならない。
彼らをサポートするには、その理想主義の粗さを埋める緻密さが必要となる。
部下には、地道に努力をし、プランを一歩一歩実現させていく縁の下の力もちになる自覚が求められるのだ。
もし具体性に欠けるプランなら、その旨を率直に伝えるべきだ。
自分の発想力へのうぬぼれをもつタイプ7の上司は、当初、不快感を示すかもしれないが、彼らは、論理的な指摘にも理解力がある。
説得力のある指摘なら受け容れる能力は十分にある。
もともとタイプ7は、自分の発案に情熱はもっているが、ごり押しをするほどには執着していないのだ。
ただしキャリアを積み、人の上に立つ立場としての責任を意識しているタイプ7の上司は、義務と責任を果たすことの重要性はよく理解している。
彼らにとって自由を制限されることはあいかわらず苦痛だが、その制限は、部下とともに分かち合う明るい未来への一歩であり、一時的な苦痛と考えるのだ。
さらにタイプ7は、壁を壁と受け止めず、困難は必ず解消されるという究極の楽天主義者だ。
彼らのグループで、士気や意欲が低下することは少ない。
こうした上司が上にいることは、部下としては、非常に好ましい。
外見的にも発想や思考の点でもいつまでも若さを保とうとする姿勢からは、年下でも学ぶべき点が多い。
そうしたタイプ7の上司とうまくやっていくには、まず幅広い知識をもつことが望ましい。
そして楽しい会話の相手ができれば、タイプ7は敬愛の念を抱く。
こうした理知的で楽しい会話は、タイプ7にとって、仕事上の有能さと同等か、それ以上に重要な価値をもつのだ。

タイプ8とのコミュニケーション

タイプ8の同僚・部下とのつき合い方

タイプ8の部下は、定期的に上司を試す。
正義に囚われ、不公平さに特に注意を払うタイプ8は、「上司は信用できるだろうか?」「上司の言動はフェアだろうか?」という思いから、苦言を呈したり、不服従の態度をとったり、口論を吹っかけたりして、上司の正義と強さを試すのだ。
彼らは「公平を守る正義の味方」を自認しているが、その裏には、完全に信用できる権力者に主導権を委ねたいという願望があるのだ。
タイプ8は、上司が、対立を避けようとし、弱腰だったり、懐柔的だったりすれば軽蔑する。
上司が負ければ、そこで主導権を握るという欲求は果たされるのだ。
自分につくか、上司につくかをスタッフ全員に迫るため、下手をすれば、組織は混乱状態になる。
しかし上司が毅然としてたじろがず、暖昧さがなければ、試す必要性はなくなる。
攻撃されても意見を固持し、曲げない人聞に共感し、尊敬する傾向があるのだ。
そして“信用できる権力者”との巡り合いにタイプ8は満足する。
つまりケンカをしかけることは、タイプ8の「主導権を握りたい」「上司の正義を確認したい」という二つの願望のいずれかをかなえることのできる手段なのだ。
信用に足る誠実な上司には、タイプ8は協力的だ。
タイプ8の部下の最良の活用方法は、小さな島を分け与え、そこでの独裁者としてよい仕事をさせることだ。
この完全自治のスタイルによって、タイプ8の能力は、十分に引き出されることになる。
そして、周囲の強いライバルに勝ち、さらに大きな主導権を握る方法を模索するのだ。
タイプ8がトラブルやケンカを招くのは、自分のエネルギーと目標を持続させるための手段だが、もし信頼する上司が、彼らの本質的な願望に則した目標を提示し、鼓舞してやれば、その目標を実現させるためにコントロールモードに入り、集中力と協調性を発揮し、平安の中でエネルギーを活用できるようになる。
またタイプ8には、疲れ果てるまで酒を飲んだり、どんちゃん騒ぎをしたりして、自分をい
じめる悪癖がある。
これは、退屈を恐れるタイプ8の防衛手段なのだが、こうした癖は、当然仕事にも、健康にも有害だ。
こうした悪癖を矯正するためにも、上司は、適切な目標を設定してやる必要がある。
トラブルメーカーであること以外のタイプ8の欠点は、ひとり善がりだ。
エゴイスティックな状態から抜け出せていないタイプ8には、成熟の意味を根気よく理解してもらう必要がある。
公正で成熟したリーダーに接し、人生経験を積むにつれ、タイプ8の感覚から「強さによって自分を守らねばならない」という意識は薄らぎ、優しさや非力を表面に出すことも、妥協
することも敗北ではないことを認識し始める。
こうなれば、無理に対立をあおり、相手の真意を掘り起こそうとする欲求は消え去る。
代わりに真実を認識する非常に高度な能力が発達し、繊細な感性を獲得することになる。

タイプ8の上司とのつき合い方

タイプ8の上司は、総合的ガイドラインを設けることが好きだ。
しかしその自分のつくったルールをタイプ8は、自分自身で破ることがある。
ただし上司の許可なしにルールを曲げたことがわかると雷が落ちる。
タイプ8の上司は、ルールをつくり、部下に従わせることを楽しみ、同時に自分のつくったルールを自分で破ることも楽しんでいる。
これはまさに絶対的権力を確信したいタイプ8の上司の意識を象徴している。
タイプ8が、苦しいとき、あるいはゆとりがないとき、彼らの強さへの「囚われ」は頂点に
達する。
彼らは、強くて、頼りにはなるが、部下に容赦なく厳しい命令を出す。
そしてできなかったりするとまた激怒する。
人を人とも思わない命令をし、頑強に自分の言ったことを押し通す。
タイプ8の上司が言うことに対し「いえそれは違います」とまともに反抗したら、ますます強い力で押してくるから、得策ではない。
一、二時間冷静な時間をおき、客観的に物事を見られる状態を待つことが望ましい。
そうして穏やかに論理的に、感情を交えず話をする。
タイプ8は、正義感が強いので、部下のめざすところを正論と感じれば、それを理解する用意はあるのだ。
タイプ8の上司に対するとき、卑屈になる必要はない。
しっかり対峠し“人も自分も同じ人間だ”という姿勢で交流をすることが重要だ。
自分がしっかりとした態度をとれば、タイプ8は、心の中には温かい心をもっているので、その部分に接するように工夫する必要がある。
するとタイプ8は、頑固な面のみではなく、温かい部分を出すようになる。
タイプ8の上司は不屈のファイターだ。
相手に闘いがいがあればあるほど、エネルギーが湧いてくる。
相手への敵意が湧けば、道筋の定まった集中したパワーを感じることができるのだ。
マイナスの感情は消え、挑戦のエネルギーが、仕事をやり遂げる強力な武器となるタイプ8が、力と支配という「囚われ」を大仕事に立ち向かうパワーに転化すれば、障害に立ち向かい、直接行動を起こす責任感のあるリーダー像を実現することができるのだ。
こうしたエネルギーを発揮するリーダーとの仕事は、多少の軋礫や雷に代えがたい魅力をもっているといえるだろ。

タイプ9とのコミュニケーション

タイプ9の同僚・部下とのつき合い方

タイプ9は、優しい雰囲気のある和気あいあいとした職場を好む。
そして命令系統や昇進や待遇のシステムなどがクリアな安定した組織を求める。
安定感の中で、平安に、葛藤なく仕事がしたいと望んでいるのだ。
しかし同時に上司や同僚、所属するグループの雰囲気を素直に身に付けるので、どのような環境にいるかによって、怠惰にも、積極的にもなる。
タイプ9は、好意を抱いている相手なら、自分に関心を寄せてくれることを喜び、支えられ、愛されていることで実力を発揮する。
一般的には、周囲が自分の能力を評価し、注目してくれれば、より高い能力を発揮する意欲をもつが、自分から進んで認められ、名をあげようとはしない。
努力に対して、公平で、安定した見返りが得られることが能力発揮の条件なのだ。
彼らの仕事は、慣性の法則に従うことが多く、仕事を与えても、なかなかエンジンがかからない。
期限が近くなるころにエンジンがかかり、猛烈な勢いで仕事をしたりする。
こうした場合にも周囲の人が、早くから活気のある雰囲気をつくれば、立ち上がりは早くなるので、タイプ9の能力を発揮させるために、上司は活気ある雰囲気をつくることに留意しなげればならない。
またタイプ9は、能力の高い低いとは無関係に、現状を的確に判断することが苦手で、自分の目的がわからなくなっていることが多い。
そのために重要な仕事を後回しにして、大切とは思えない仕事に執着したりする。
だから上司は、彼らに、現在の目的や諸事の優先順位を示してあげることが望ましい。
企業が順風満帆ならタイプ9は、往々にして好ましい部下だが、さまざまな問題を抱えるのはビジネスの常だ。
そうした場合に、上司として厄介なのは、上から指示されたいという願望と、指示によって混乱を受け容れたくないという願望を同時にもつ点だ。
しかも自分の意見をとるに足らないものだと考えるので、反対意見を表明することは少ない。
「率直に意見を言ってくれ」と言われても、なかなか自分の意見を言わないケースが多い。
一方、指示に同意できないときには、いい加減に仕事をしたり、何も仕事をしないという消極的な方法で抵抗を示すことがある。
指示を受け容れることに抵抗を感じるのは、上司が、気まぐれだったり、自分への評価が不当だったり、管理過剰だったりする場合だ。
タイプ9は、こうした上司の態度によって、ペースを崩されるのを極端に嫌い、沈黙やサボタージュによって、内面に秘めた怒りを不自然な形で発散しようとするのだ。
こうしたトラブルを回避するには、まず上司は、公正さと安定を心がける必要がある。
そしてタイプ9の意見を辛抱強く聞き、彼らの苦手な“不満の発散”を手助けしてやることが望しい。
上司に安定感と一貫性さえあれば、タイプ9は、たとえトラブルに見舞われても、陰日向なく上司を支え、トラブル解消にすばらしいエネルギーを発揮する。

タイプ9の上司とのつき合い方

タイプ9の上司の問題点は、混乱からの逃避だ。
AかBかという決定をする際にタイプ9は、AもBも同様に正しく見えるために、決断から逃げ出したいという気分になる。
しかも意外性を好まず、予想通りの結果を求めるので、不確実な未来に飛び込むことにメリットはないと考える。
そのため問題が発生しても、自分からそれに対処することは少なく、やり過ごそうとする。部下としては、こうした上司の姿は、ことなかれ主義的な態度に映り、反発を感じることがあるかもしれない。
またタイプ9の上司は、部下が問題を抱えても、直接忠告やアドバイスをせず、たとえ危機的な状態が予想されても放置して、部下が自主的にそれに対処するのを待つ傾向がある。
その責任の一端を部下から指摘されても、それを認めず、リーダーシップ自体から逃げようとする。
ただし包容力があって、ゆったりした雰囲気をつくることができるタイプ9の上司は、する
べきことがはっきりしているときは優れたリーダーだ。
タイプ9の上司が、日常的な仕事で能力を発揮するには、彼なりの仕事の段取りに従う必要がある。
まずひとつのプロジェクトがスタートする前にスケジュールを無理のない状態に調整する。
そして先入観なしに熱意のある適役を担当者として選ぶ。
そして自分がリーダーシップを発揮するというよりも、彼らを支える形で手順を追って地道に仕事を進めていくのだ。
安定的な進展を求める姿勢は、刺激的とは言い難いが、混乱のない業務体系はよい結果に結びつきやすい。
タイプ9の上司と良質な関係を保つためには、まず上司に誠実に接することが重要だ。
また強いリーダーシップを求めるのではなく、自分自身の責任を全うすることを心がけ、上司の数少ない意見を重視する。
あなたが、能力と情熱を注げば、タイプ9の上司は、あなたを正当に評価し、あなたを第一線の陽の当たる場所においてくれるはずだ。
また部下どうしのトラブルには特殊な才能を発揮する。
両者の意見が十分に理解できるので、偏見を介在させずに両者の仲介を辛抱強く行い、無理のない形で対立関係を氷解させる。
対立関係が表面化する以前にその不穏さを察知することもでき、事前の仲介では、殊にその仲介・調停能力は高い。
功名心をもたず、心優しいタイプ9の上司は、このような能力によって相互に助け合う協力的な雰囲気をつくり、他のタイプには不可能なほどの居心地のよい職場を実現することができるのだ。

記事一覧へ戻る

目次