
中1になった佑斗。身長が165cm体重が55kgになって太っていたけどスリムになったらしい。学校では背の順が後ろ方だって。知也が身長168cmで体重58kgらしいのでもうすぐ子供に抜かされるな。
ええ顔してる。知也に似てモテそうな感じや。
未だに「航太、航太」って、昔は兄弟のように遊び航太も可愛がっていたな。大阪府立生野聴覚支援学校の幼稚部の運動会にも2回は行った。だけど航太はもういない。離婚して今年で8年になる。佑斗にも悪いことした。お年玉1万円は罪償いか。
5分で実家へ帰ってたので1分2000円。儲けすぎや!
少し喋ったが、私の声は聞き取りにくいようで左耳を向けて聞いていた。耳には目立たないように肌色の補聴器が。会話は実弟が仲介に入る。実弟の声は聞こえるようだ。慣れか?コツがあるのか?周波数か?
だが、喋りがおかしい。生まれつき耳が聞こえないのは話せないって不思議だ。
- 音を聞き取りづらい人を難聴者
- 音が聞こえない人を失聴者
- さらに失聴者を「聾(ろう)者」と「聾唖(ろうあ)者」に分類
「聾(ろう)」は耳が聞こえないことを表し、「唖(あ)」は口をうまく使って話せないことを表す漢字。
となると悠斗は難聴者ということになる。普通の公立中学校に通い障害者クラスではないとのこと。ただし、喋れなことがハンディなのか幼稚で学習が困難らしい。
健常者の私が言うのもおかしいが、聾唖(ろうあ)者に比べれば全然マシだろう。しかし世の中はそんなに甘くない。会話が出来ないのは人としてのコミュニケーションがとれないということ。スマホが発達しようがAIが発達しようが人間は変わらない。アホ客を筆頭に自分の思いを他人に伝えるのはめちゃくちゃ難しい。健常者でも難しいのに、辿々しい言葉では自身の思いを伝える事は困難だろう。
だが本人は生まれつき難聴なので難聴がデフォルト。私は加齢により難聴なので不便を感じる。私の判断基準で悠斗を見てはいけない。大阪府立生野聴覚支援学校の幼稚部の運動会に行った時、耳が聞こえない者同士で結婚し、子も耳が聞こえない家族を何組も見て衝撃をうけた記憶がある。難聴者だって頑張って生きているんだ。
私が将来を慮ることは無意味。慮ったところで耳が聞こえるようにはならない。悠斗は悠斗らしく生きていけば良い。
16時頃に親父が姫路駅まで送っていったようだ。来年の正月は帰省するのか。
18歳で田舎は嫌だと京都の大学に行って26年。龍野より他所の方が長い実弟。実弟と会うカウントダウンが始まっている。ということは悠斗ともカウントダウンが始まっているということになる。
